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歳の積もった家電製品は、半ば幽世(かくりよ)の存在と化すという。 我が家の年季の入った短波ラジオ殿にも、若干、そのきらいがあるようだ。 時折、蟲が孵って卵の皮を食い破るような音がしたかと思うと、勝手に電源ライトが灯り、得体の知れない放送を拾って流し出すことがある。
(プチン)
――あなた、あなた。「副社長への就任祝いに職場から貰った」と仰って大切になさっていたロレックス、本当は料亭の女将さんから頂いたのでしょう? 質屋に流しておきましたからね。
――あなた、あなた。あたくしに隠してローンを組んでいましたね? 何ですか、デレデレと愛人に小屋敷なんて贈ってしまって。きちんとシロアリを撒いておきましたからね。
――あなた、あなた。呆れ果てました。同じ方にスポーツカーまでお贈りに? 運転席のシートの中に、スズメバチの巣箱を消音マットで包んで詰めておきましたからね。狭くて可哀想ですけれど、スピードメーターが時速百三十キロを越えると座席の裏側にある蓋が開いて自然に車内へ解放されるようになっていますので、どうかご安心くださいな。
――あなた、あなた。知っていらして? 最近の台所の油虫は廃油を食べるんですって。ご近所さんたちは、石油コンビナートで大量発生されたら困るわねぇ、だなんて心配なさっていたけれど、あたくしはブレーキオイルのタンクの中に入り込まれる方がよほど恐ろしいと思いますわ。えぇ、車の。ボンネットを開けた所にある栓から、ポチャン、ポチャンと。あれが減るとブレーキが効かなくなってしまいますものね? あたくし達は安全運転ですから、さほど酷い事故には繋がらないと思いますけれど。
(カチャッカチャッとお皿を用意するような音がラジオから響いてくる)
――あなた、あなた。そのままで、ちょっと聞いてくださいな。うちのミケったら、最近あたくしのあげるキャットフードに舌をつけないのですよ。お隣が豪勢な残りご飯ばかりあげるものだから味覚が肥えてしまって……。毛繕いをしてダニを取ってあげるのは飼い主ですのに……。お仕事、お疲れでしたでしょう? 今日の夕飯は、ドレッシングを和えたフタトゲチマダニの生苗床の踊り蒸し焼きですよ。レンジでチンして二人で一緒にナイフを沈めましょうね。
――あなた、あなた。海外出張のお土産だと仰っていたスウェーデンのクッキー、本当は部下の橘女史から頂いたのでしょう? テーブルの上に開けて、蟻に集らせておきますね。岳志が一人立ちしてからというもの食卓が寂しかったので、久し振りに賑やかで嬉しいです。さぁ、貴方たち、遠慮せずに、たんとお食べなさいね?
――あなた、あなた。温暖化で沈んでいく観光島のニュースなんか、そんな食い入るように見詰めなくとも良いじゃありませんか。巷では現地の寄生虫による病気が流行っていたようですけれど、行っていなければ無縁な話でございましょう? あなた、仕事、仕事、出張、仕事、出張、でお忙しくて、あたくしが幾ら強請っても都合が付きませんでしたものね。
――あなた、あなた。ところで何時の間に、うちの両親を借金の連帯保証人にしていなさったのですか? 四億円ほど、だなんて、一体全体、何に入り用に……? うふふ、丁度、寄生虫病の治療薬、二人分のお値段に、ぴったり。
――あなた、あなた。あたくしの父母は首を括りましたよ。涙滴で虫食いだらけの遺書には一言、肩代わりした債務の返済に追い立てられて経営していた紡績工場の資金繰りに行き詰まった、と。縄の代わりに長くて太い、血が濁ったような色合いの大百足を巻きつけておりました。選りに選って、いっつも実家の庭先をうろつき回っていた薄気味悪いあのヌシ蟲を使うだなんて、麻を縒り合わせたロープを買う御足すら残っていなかったこと、あたくし、ちっとも知らされておりませんでしたのよ、あなた。暴れた百足の針金のように硬くて鋭い脚が衰えた老人達の首の肉に食い込んで、それはもう、まるで静脈や動脈がザワザワと無数に波打ち走っているかのような悍ましい光景でしたとも。
――あなた、あなた。想像お出来になって? ワヂャワヂャと盛んに肌の上で狂い踊る束子の穂先達が、一度ズッと突き刺さると、蛸壺に嵌った蛸のように引き返せなくなってしまい、ズルズルと残りの部位までもが首の筋肉の内側に飲み込まれていってしまうのですよ。付け根すら見えなくなるほどに、深く。あれは古い樹木の皹割れた肌。果汁を絞り損ねて鬱血した腐りかけの柘榴の実。耳下の胸鎖乳突筋に挟み潰されて窒息した沢山の糸蚯蚓の群れが外に出たいとお蕎麦状に肉を盛り上げて、皮膚を破り切れずに無念の断末魔を叫んでいるみたいなのです。お饅頭の皮の薄い所が幾つも幾つも、笹の葉のように縦長く……。覗いているのは餡ではなくて、甲殻類じみた逞しい節足の、艶を帯びて蠢き光る死肢ですけれど。菌糸の珊瑚が咽頭の中で蔓延って、系統樹にも似た先端を空洞に収め切れずに、喉仏を裂いて外に生やしておりました。うなじの僧帽筋は少し硬かったのかしら。折れた脚が苔色の体液を滴らせながら、大きな爪楊枝になって刺さっていますのよ。ぷつぷつと。下手な手習いの針山の如く。梁から遺体を降ろしても、出来の悪い甲冑のようにボコボコとした醜い胴殻の段差の痕が、いつまで経っても首から消えません。両親から離れてくれないのですよ、あなた。
――あなた、あなた。そんなに頭を下げて謝らなくても、ようございます。仕事の虫だった夫の大切な大切な会社には、埋め合わせに妻から辞表を届けさせて貰いましたもの。その退職金で両親に立派なお墓を建ててあげることができますの。蛆も魍魎も、これ以上入り込んでくる隙間のない、それはそれは大層立派な奥津城を。不出来な娘としては、感謝しているぐらいですわ、あなた。
――あなた、あなた。話は変わりますけれど、結婚記念日を覚えていて下すったのね。素敵な呂色の着物を、どうもありがとうございます。早速、身につけて給仕をしてみてあげているというのに、お世辞はまだなのかしら。だけど、不倫相手の倉持さん。これの襟元から彼女の匂いが漂ってくるのはどういう訳ですか。話に聞いていた紅い蝶の柄もありません。きっとあの方、あたくしに着せるために選んでおきながら、我慢できずに先に自分で袖を通しておしまいになられたのね。あら、男の方はご存じないのでしょうけれど、婦人の会では大変噂になっておりますのよ。とても美しい魂魄虫の舞う花装束。袖を通さずにはいられないけれど、もしも通してしまったら……って。いやだ、只の噂ですわ。それに祟りが起こるのは一度切り。最初に纏った人にだけ降りかかるそうですもの。残念でしたかしら? いえいえ、割りかし良い物ですよ、洗浄されても落ちなかった死臭の残り香という物も。
――あなた、あなた。懲りない人ですね。背広の脱いだ上着に見知らぬ誰かのキスマークがついている、なんていうのは古典的過ぎて、もう怒る気にもなれやしません。これはしっかり焼いておきますからね。
――あなた、あなた。おやすみなさい。弛んだネクタイの上に可愛らしいシデムシを置いておきますね。土が眼球に掛かって痛かったら、ごめんなさいね……。
(プツン)
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受信: 23:54, Friday, Jul 24, 2009
■講評
鈍い私は、せんべい猫氏の講評を見るまでは元ネタが分かりませんでした。 初読時にはこの作品は「新蠢憎悪」「ショー・シデムシ」で語句が分かれると思い込んでいたので、斬魔大聖デモンベインとかクトゥルー関係のネタかと思っていたくらいです。 そんなわけで、きみまろネタだと分かればこの作品がかなり面白くなるのですが、元ネタが分からないと割と硬派な話に見え、雰囲気を楽しむタイプの作品なのだと初読時に感じました。 何とも鈍くて申し訳ない。
アイデア・1 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 01:00, Saturday, Jul 18, 2009 ×
なんか読んでく内にぐいぐい引き込まれますね。 なんでしょう、これ…。 こういう力技もあるんですねぇ…。 なかなか印象的な作品でした。
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名前: PM ¦ 19:59, Saturday, Jul 18, 2009 ×
面白いんじゃないでしょうか。 言葉のコラージュって感じで。
ですが私はストーリーを楽しむタイプなのでこういうのはちょっと評価が低めになってしまいます。 ゴメンなさい。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: ユージーン ¦ 21:53, Wednesday, Jul 22, 2009 ×
ご婦人の虫を使った数々の行動は、「現実味はなくともやれないことはない」という線をキープしていましたね。ですがいきなり「ムカデで首をつる」という、そこだけありえない描写があるのがどうもすっきりしません。「紅」の消化はうまいと思います。 文章-+1 構成-0 怖さ-−1 |
名前: あおいさかな ¦ 21:36, Tuesday, Jul 28, 2009 ×
アイデア 1 描写力 1 構成力 1 恐怖度 1 とてもおもしろく読ませていただきました。まあこれだけ次から次へとアイデアやイマジネーションが膨らむなあと素晴らしいです。ブラックたっぷりのジョークと狂気の世界ですね。妻の独白型でありながら、ちゃんと物語の起承転結がついている。こういったセンスがあるのがうらやましいです。 そのうえ、すべてのネタにバランスよくリンクしている。緻密に計算された結果なんでしょうね。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 14:09, Wednesday, Aug 05, 2009 ×
スタンダップコメディのような語りで物語を作り上げてしまうという発想に感心しました。2chの泣ける話に、死んだ御主人を罵倒しながら最後には泣かせるというのがありますが、それのグロ版とでもいったところでしょうか。
発想・1 構成・0 文章・0 恐怖・0 |
名前: 三面怪人 ¦ 16:08, Wednesday, Aug 05, 2009 ×
なんとも語彙の豊かな、奥様の独白が素直に怖かったです。 なんだか夢野久作っぽい毒がありますよね。 死出虫も効果的かなと。
アイデア 0 文章 1 構成 1 恐怖度 1
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名前: 鶴の子 ¦ 20:57, Wednesday, Aug 05, 2009 ×
・アイディア±0 ブレーキオイルのくだりや、因果をミステリー風のアリバイ崩しなどに使った点は面白いと思ったが、全体的に小ネタが多く、プラス点をつけるほど独創的には感じなかった。 他の虫の使い方などについては、アイディアではなく描写の評価に属するように思う。 ・描写と構成+1 ネチネチと虫を絡めてくる描写は良いと思う。また、地の文を廃して怖い要素だけを独白形式で抜き出して、テンポ良く読ませてくれる書き方も良かった。長文を読むのに疲れた時の箸休めとしても、この構成は面白いと思う(作品にとっては失礼な言い方になるが)。 細かいこと。両親の首吊りや百足の描写の所で、若干、奥さんの話し言葉が崩れて説明調になっているように感じた。 ・怖さ+1 悪夢めいたホラーな雰囲気が出ていると思う。両親の首を吊っている百足への執拗な描写と、旦那さんを殺すか埋めるかしているであろう最後の文が怖かった。 ・買っても後悔しない魅力+1 じわじわとクる感じが良かったのと、独特の形式にコレクション欲が湧いたのとで。 |
名前: わごん ¦ 18:50, Sunday, Aug 09, 2009 ×
スピード感がある文章だと思いました。徐々に勢いが増していく感があり、読んでいてドキドキさせられます。そして「話は変わりますけれど」のくだりからじわじわスピードが弱まり、ラストの行で静かに止まる、そんな感じで読ませていただきましたがとても気持ち良かったです。
*アイデア+1 *文章+1 |
名前: げんき ¦ 20:43, Sunday, Aug 23, 2009 ×
勢いで持っていく文章が大好きです。 バラエティ豊富なムシが登場するところも、怪集のコンセプトに沿っていて面白かったです。 |
名前: もりもっつあん ¦ 01:39, Sunday, Sep 06, 2009 ×
こういったアイデア勝負の作品は好きです。 妻の独白だけでもきちんと話が進行していく構成が上手い。遺伝元の消化も見事です。 |
名前: 水本しげろ ¦ 19:59, Saturday, Sep 19, 2009 ×
名前からして気持ち悪そうなムシの紹介を、本筋をきちんと進めながら、違和感無く行ったのはスゴイです。
アイディア 1 描写力 1 構成力 1 恐怖度 1 |
名前: ユーコー ¦ 05:00, Monday, Sep 21, 2009 ×
かなり、きてますね。素晴らしい発想力だと思います。この路線の作品の中では一番好きです。 |
名前: 読書愛好家 ¦ 16:02, Thursday, Oct 01, 2009 ×
発想ー1 文章ー1 構成ー1 恐怖ー1 ? 大したことのない話をアレンジして沢山つなげただけとしかorz……・。 この書き方でいいなら、誰でも似たようなものをかけてしまうと思うのですが。 怖くもなかったし、心が全く動きませんでした。 う〜ん。 高得点をマークしているところへ申し訳ないんですが、好みの問題なんでしょうか…。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 18:23, Thursday, Oct 01, 2009 ×
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QRコードの中に 潜む実話怪談

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