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それが俺のすべきこと
 ――― また見てやがる ――

 アイツらは何処にでも現れる。
そして隙あらば襲いかかるかの如く、常に俺を見張っている。
まるで監視でもされているようだ。

 「畜生!!」
俺は冷蔵庫の上でのさばっているソイツらに向かってビールの空き缶を投げつけた。

サササササ――ッ
奴らは蜘蛛の子を散らすようにそそくさと逃げていった。

 
 いつからだろう。こんなのが見えるようになったのは。
…そうだ、初めは一匹だった。
しかし日を重ねるごとにどんどんと数が増えていったんだ。

「何だよっ!たかが虫だろうがよ!それを殺して何が悪い?!」
思わず誰もいない部屋で声を荒げる。
この世で生きていくためにはストレスの発散、てものが必要なんだ。
それをたかだか虫如きにぶつけて何が悪いんだ。
殺人を犯すより余程いいじゃないか。
第一誰にも迷惑は掛けていないんだ。
何の虫だろうが見つけては殺す。それが家の中だろうと外だろうとお構いなしだった。


 そんなストレス発散を繰り返していたある日。
突然、一匹の虫が部屋の隅に現れた。
大きさは大人の掌くらい。真っ黒な独特の身体つきを見て、瞬時に「ソレ」だと思った。
異様に大きなその姿に驚きはしたものの、いつものように叩き潰そうとした途端、ソレが振り返った。

 ソレは……俺の顔をしたゴキブリだった。

 呆気にとられている俺をあざ笑うかのように目の前を羽音を立てながら飛び回る。
死んだような目つきの「俺の顔」をしたソイツが。


 そうだ、それからだ。
奴らは瞬く間に増えていったんだ。そして皆が皆、俺の顔そっくりときてやがる。
叩き潰そうにも素早い動きで逃げ回る。殺虫剤なんか効きやしない。

 そして奴らはとうとう会社にまで現れた。
憤慨し、追い払っている俺を同僚達は何事かというような目で見ている。
どうやら俺にしか見えないらしい。
病院にも行ってみたが、脳にも、目にもどこにも異常は見られなかった。

 ――俺は…気が狂っているのか?

 睡眠不足からミスを連発し、結局会社も辞めざるを得なくなった。
そんな俺を奴らははやし立てるように飛び回る。
「ふざけんなよ、こん畜生がっ!!」
俺は物を投げつけ、怒鳴る事しか出来なくなっていた。
夜中になってもいつ襲われるかと思うとロクに眠れやしない。
常に神経は張り詰め、ピリピリとした感覚に包まれる。

そのうち次第に背中の掻痒感を覚えるようになってきた。何とか手を伸ばし触れてみると何やらごわついた感触が服の上から分かった。
鏡越しに見てみると、何だか赤黒く腫れ上がっているようにも見える。
まるで…何かが生えてきそうな…

 …そして数日も経つとその俺の嫌な予感は現実となった。
夜中、余りのむず痒さに鏡で背中を見てみるとそこには。

 羽が生えていた。
こげ茶色をした、所々に繊維が見えるような、それでいて見ていて不快な気分になるような羽が。
今にも羽ばたきそうに準備をしているかのようにも見える。
「何だよ…これは…」
呆然と鏡の前で立ち竦んでいたが、我に返ると徐に台所へと走った。
「畜生…畜生…」
呟きながら出刃包丁を取り出す。
引き戸に包丁を差込み、しっかりと固定すると思い切り背中を上から下へと体重を落とした。
――ザグゥッ
耳にこびりつくような嫌な音と共に背中の羽は、滴る赤黒い血に塗れて付け根の方からボトリと落ちた。
「ぐぅっ」
まるで手足をもがれたかのような鋭い痛みが背中を走る。
脂汗をかき、息を荒くしている俺を奴らは楽しそうに見ていた。 
俺そっくりの顔をした奴らが―――。

 しかしそれだけでは終わらなかった。
次第に奴らは数を増やしていき、部屋という部屋は既に真っ黒く埋め尽くされていた。
日数が経ち、背中の傷が癒える頃にはまた新しい羽が生えてくる。
そんな俺を見る度に今まで見たことのないような笑顔で笑うのだ。
そして俺はまた台所へ行き……。


 もう我慢の限界だった、というよりも既に正常ではなかったのかもしれない。
俺は夜中になると公園へと向かった。
そして夜中にひっそりと虫を殺している奴を狙って声を掛ける。
その日もベンチに座りながら蟻の大群を踏み潰している若者を見つけた。
俺はそっと横に座ると、世間話から始まり、相手が気を許した所で今までの自分の話をする。
「ふざけるな」と怒って帰る奴もいるが、今回の若者は目を見開きながら聞いていた。


「…それで…どうしたんですか?」
若者がごくりと喉を鳴らし、俺に問う。
「お、信じてくれるのか?こんな与太話をよ」
「信じるも何も…あなたが勝手に話し掛けてきたんじゃないですか」
痩せ細った青白い顔の若者は、ついさっきまで踏み潰していた蟻の大群から足を離した。
「…どうもこうもねぇよ。…ただよ、虫だからって無闇に殺すもんじゃねーぞ、若いの」
「……」
「俺みたくなりたくねーならな」
俺は親指で自分の背中を後ろ手に指差した。
Yシャツの背中が蠢くようにぐにぐにと2、3度盛り上がった。


 茫然とベンチに座り込んだままの若者の方をポンポンと叩き、俺はそっと席を立った。
「あ、背中から血が…」
と後ろから聞こえたような気がしたが、そんなこともうどうでもいいさ。
今日の俺の役目は果たしたんだ。

 若者は知らないのだ。
こうして話を聞いてくれた人の肩を叩く。その時にこっそりと俺の切り落とした羽の一部を服の中に忍び込ませている事を。
切っても切っても生えてくるような強い繁殖力。
俺と同じような性格の奴だ。同じことになる奴が出てきてもおかしくはないさ。
俺はそのきっかけを作っているだけなのだから。

俺の標的は『虫』から『人』へと変わったのだ。
いや、もしかしたら奴らもこうなる事を望んでいたのか…。そんな気さえする。
背中のむず痒さが今日は特に酷いような気がするが、それももうどうにでもなれ、だ。

 後は家へ帰るだけだ…奴らが待っている真っ黒い家へと…。



17:43, Tuesday, Aug 04, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 講評(13) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(4) ¦ 携帯


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前半は因果元に少々色が付いた程度の展開に見え、底が浅く思えた。羽が生えるのも「背中の掻痒感」から「ごわついた感触」「赤黒く腫れ上がる」など、簡単に予測出来る書き方をしており、「まるで…何かが生えてきそうな…」で駄目押しされ、些か興醒めである。背中の異 .. ... 続きを読む

受信: 23:44, Sunday, Aug 16, 2009

■講評

「まるで監視でもされているようだ」など、いい言葉がいろいろと作中にあるのですが、それらが結末にあまり活かされていないのは残念に思います。
主人公が終始開き直った態度でいるので感情の大きな変動があまり見られず、読んでいて共感しにくかったせいかもしれません。

結末では主人公が自分に備わった能力を理解して、現状を受け入れてしまっているのですが、これも主人公の性格と語りのせいで、読んでいて怖さを共有しにくくしていると感じました。かっこよくある主人公よりも思い切ってヘタレな主人公にしてみるとか、切り口を変えて書かれたらまた印象が変わってきたかと思います。

描写力・−1

名前: 気まぐれルート66 ¦ 22:57, Tuesday, Aug 04, 2009 ×


アイデア 1
描写力 0
構成力 0
生理的嫌悪感度  1
とてもストレートでわかりやすいお話ですね。
自分の顔をしたゴキブリってもう想像しただけで嫌ですね。
主人公の幻覚なのか、それとも現実的に起こっている怪異なのかが曖昧なのがこの作品の持ち味なんでしょう。カフカの変身みたいに起きたら虫になっているパターンでなく、段々虫化していく過程が面白いですね。主人公の不満という不幸のタネを次々と伝染させていくんですね。
其の辺りは、たしか水木しげるの漫画でよく似たストーリーあったと思います。「ぼや鬼」だったけなあ。あ、でもちゃんとオリジナルにアレンジされているので真似でないですね(笑)
生理的に嫌な気持ちにさせられる点では成功した作品なんじゃないでしょうか。

名前: 妖面美夜 ¦ 01:32, Wednesday, Aug 05, 2009 ×


うん、読み易くはありました。
展開としては面白いかと思いますが、羽の一部を服の中に入れると、同じようになる、という部分でちょっと首を傾げてしまいました。
羽にそういう効果があるというのをどの時点で判断したのかが解らないので、ちょっと都合良いかなぁという印象です。

名前: PM ¦ 19:48, Monday, Aug 10, 2009 ×


 単純に虫の復讐で終わらせずに工夫してあるのがいいと思いますね。
 そういう工夫って大事だと思います。

 ただ工夫からもう一歩進んで、そこに必然性となる線を準備してあるとなお良かったと思います。
 主人公一人でお話を進めると自分で自分を納得させるしかなくなるので、その辺をもう一歩考えてあると良かったかもしれません。

【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: ユージーン ¦ 20:35, Wednesday, Aug 12, 2009 ×


>Yシャツの背中が蠢くようにぐにぐにと2、3度盛り上がった。
ここがすごく気持ち悪くてよかったです。「与太話」と言いながらも主人公によって見せつけられる、とんでもない証拠ですよね。この若者がその後、羽根が生えようと生えなかろうとどっちにしても、どのように変わるのか気になる結末で面白かったです。

*構成+1

名前: げんき ¦ 23:42, Sunday, Aug 30, 2009 ×


憤りをぶつける対象が移行したところで、なるほど、と納得しました。
心理描写が良く出来ている話だと思います。
オチに向けて、どうして羽が生えたのか、羽を生やす方法をどうやって思いついたのか、その辺りの説明が欲しかったです。

心理描写 +1

名前: もりもっつあん ¦ 01:40, Tuesday, Sep 15, 2009 ×


・アイディア+1
 虫の仕返し方法や主人公の行動などを合計して。
・描写と構成±0
 可もなく不可もなく。
・怖さ±0
 怖くなる下地は出来ていると思うのだが、微妙に怖くなかった。以下、私が怖がらなかった理由を示す。1、主人公が追い詰められていく様子や、背中の羽を切り落とそうとする痛々しい光景が、やや描写不足で読み手の共感を呼びにくいように思える。2、人に標的を変える主人公の行動が自発的なので、絶望感が薄い気がする。
・買っても後悔しない魅力±0 悪くはないと思う。

名前: わごん ¦ 21:32, Wednesday, Sep 16, 2009 ×


追い詰められた挙句、怒りの矛先を赤の他人に変える、という感情の動きはリアリティが有ると思う。ただ、そこに至る過程が、もう一つ読み手に伝わってきていないように思う。また、なぜ男が羽を他人に植え付けようとするようになったのか、その動機ときっかけも書かれていないため、ラストの行動が唐突に感じた。

名前: 水本しげろ ¦ 19:25, Wednesday, Sep 23, 2009 ×


精神的に追い詰められていたはずの主人公が、結局えらく冷静な普及活動を始めるところに、どうも違和感を感じました。

アイデア  0
文章    0
構成   −1
恐怖度    0

名前: 鶴の子 ¦ 02:22, Thursday, Sep 24, 2009 ×


発想、展開には見るべき点があると思います。段々と攻撃対象が移行していくのは面白いです。
ただ、文章が回りくどい割りに描写力が弱く、足を引っ張っているように思いました。

発想・1 構成・1 文章・-1 恐怖・0

名前: 三面怪人 ¦ 12:00, Thursday, Sep 24, 2009 ×


恐怖 2
雰囲気 1
とても読みやすかったと思います。虫を殺した結果、その人物が呪われて虫になる話はよく聞きますが、そこで終わらず、自分と同じ被害者を増やそうとした主人公の行動に恐怖を感じました。

名前: 白長須鯨 ¦ 16:58, Monday, Sep 28, 2009 ×


虫を殺せない 〔虫嫌い〕は、意識のどこかで、この話のような因果応報を信じているのかもしれません。 その一人として楽しく読めました。

アイディア  0
描写力    0
構成力   0.5
恐怖度   0.5

名前: ユーコー ¦ 10:16, Thursday, Oct 01, 2009 ×


 俺の顔をしたゴキブリっていうのがよく想像つかないんですよ。シーマンの虫版みたいな? そこで躓きました。
 結局テロ的行動に出るしかなかった主人公が哀れに思えます。転職がうまくいかなかったのかな? よっぽど理不尽なクビのされ方だったら、『些細なミス』に偽装した復讐をしてから去ればよかったのにねえ。機密文書をシュレッダーにかけるとかw。PCを可能な限り初期化していくとかww。

名前: あおいさかな ¦ 20:19, Thursday, Oct 01, 2009 ×


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