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肥後守
愛用の肥後守を忘れて、今日はコンビニのカッターを使う。
段違いに刃触りが悪くて嫌だけど仕方ない。
「ヴィーゴ」には間違っても乗らないだろう、自分で破いた黒いバンT。
もぎ取られた左袖から伸びる腕から手首にかけて、赤い線を引く。
抉る必要はない。傷口に血がジクジク滲むよう、満遍なく刃を滑らせる。
…今日はこんなもんでいいか。
滴る血でスカートのフリルを汚さないよう気をつけて、私は咥えてたアイスを飲み込む。夏の主食はやはり棒アイスだわね、とか思いながら駅のトイレを出て改札を抜け、血塗れの腕を振りながら昼の暑さが残る歓楽街へ向かう。


「どうだ、すごいだろ。こんな大きいの捕まえたんだぜ」
十年前、田舎で従兄弟は自慢げに笑った。私も全然興味なかったけど調子を合わせて笑った。たかが虫とはいえ彼の努力の成果なわけだし「男のロマン」とやらを馬鹿にするのは気が引けたからだ。が、従兄弟は私の気遣いを勘違いし、更なる迷惑を押し付けてきた。
「罠を仕掛けるところ、見せてやるよ」
いつもなら母の横で寝っこけて居る時間帯、おどろおどろしい深夜の森に連れ出され、私は2度と愛想笑いをしないと心に誓った。従兄弟は無言でぐいぐいと半泣きの私を引きずって森の中へ進んでいく。今考えると彼はきっと幼い私を好きで、恥ずかしさから言葉が出なかったんだと思う。しかし当時の私にとって、彼の豹変はただただ不気味で、非日常の恐怖に拍車をかけるだけだった。
 やがて到達した目的地。一本のクヌギの木の前で、従兄弟は呟いた。
「いいか、ここにな、これで傷をつけとくんだよ・・・」
深夜1時。私の腕時計の光る液晶版が照らし出した、ピカピカ光る肥後守。


十年後。現在。深夜1時。ギラギラ光るオレンジの明かりの下。
銀縁メガネの男が、私の腕の傷を嘗め回してる。
「どう?」「あああ、甘い、甘くて美味しいようですうぅう」「そう」
あんまり顔をくっつけるから、レンズがもうまっかっか。でも気にせずにがっついてくる。
私の体液はどうもとっても甘い、らしい。お菓子ばっかり食べてるからかな。
腕を傷つけて街角に突っ立ってれば、男も女も寄ってくる。
今までに、いろんな種類を捕まえた。今日は学生風だけど、酒臭いサラリーマン、拒食症気味のお姉さん、浮気目当てのオヤジ、ハウツー本片手のナンパ師崩れ・・・。
全員お金と引き換えに、私を吸い尽くし、私と愛し合った。
男がやっと満足げに口を離した。荒い呼吸。歯垢が赤く染まってる。
唾液塗れの腕で、ゆっくりとシャツをたくし上げて見せる。
現れたお腹から胸にかけて、乾きかけの血が光る刀傷がびっしり。
ゴクリ。真っ赤な唾を飲み込むと、メガネは私をベッドに押し倒した。


「どうだい、こんなにたくさん集ったぜ」
十年前のあくる朝。一杯になった虫かごを掲げ、従兄弟は白い歯を見せた。
「・・・すごいね」昨日の忍び泣きと寝不足で目を真っ赤にして、私は従兄弟に訪ねた。
「でも、そんな沢山のかぶと虫、どうするの」
「決ってるじゃないか」従兄弟は笑った。
「売るんだよ。かぶと虫が欲しいやつなんて、いくらでもいるからな…」


シャワーを浴びてケータイ掛けて、住所を言って服を着る。ベッドの上にひっくり返った男。思いのほか効くまでに時間がかかった。眩暈。うう、だいぶ血圧下げられたみたい。
私は自分の血を舐めない。いくらおいしくたって。
だって、とっーても眠くなるから。
どうも高校辞めてから毎日過剰摂取してる睡眠薬が、私の体を変てこに作り変えたらしい。
私は血を飲ます。たらふく舐め回した獲物は寝てしまう。連絡を受けて「契約先」が黒いリムジンでやってくる。獲物が目覚めたときには、鉄でできた虫かごの中。
観賞用?愛玩用?それとも、食用?獲物の行く末なんてわかんない。
私の目的は契約先から貰う茶封筒だけだから。


カッターは駅で捨てた。家に帰って肥後守を研ぐ。
いつでもぴかぴかにして、待っているんだけど。
呪われたとかで、ある日突然姿を消してしまった従兄弟。
甘い血に誘われて飛んできたらいいな、と期待しながら、たぶん明日も私は終電に乗る。



06:04, Monday, Aug 10, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 講評(12) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(4) ¦ 携帯


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 ネタとしては悪くはないのですが、全体的に説明が多いために、読み進めると徐々に醒めてしまいます。 直接的な説明を避けて状況描写で補... ... 続きを読む

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雰囲気はあると思うのですよ。でも最初から突然「肥後守」が出てきて違和感が。最後も綺麗に纏められているとは思うのですが、「呪われ... ... 続きを読む

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» 【−1】肥後守 [峠の塩入玄米茶屋/2009から] ×
発想は面白いと思ったが、読んでいてリアルさが感じられない。回想部分の方がまだ現実として受け入れやすい。現実的に考えて、血塗れの腕を振り回して歩いていたら通報されるんではなかろうか、などと考えてしまう。日常と隣合わせている方が非日常は際立ち、恐怖を受け .. ... 続きを読む

受信: 20:10, Tuesday, Sep 15, 2009

■講評

上手い作品なんですが、いろいろと勿体ない作品でもあり、もっと仕上げてから出しても遅くなかったのではと思うと、ちょっと残念でした。

過去と現在が交互に語られ、だんだんと日常ではなくなってくる構成や、ピカピカとギラギラを蝶番に話の接点とした手法も良かったです。肥後守を使う理由も最後でうまく繋がっていると思います。
ですが従兄弟との細密な回想に比べると現在の場面にリアルさが感じられず、その落差と虫かごの種明かしのために、やや作り物めいた感じになっているのではと思います。
加えて、主人公の心情と言動が少し手薄であるように感じるのです。自分の血を舐めたら自分に効果があるらしき点も、自身には耐性がありそうに思えて矛盾している気がしました。そもそもどうやってこの主人公は自分の能力を知る事になったのか、書く必要はなくてもある程度の履歴作りは必要だったでしょう。

「肥後守」に限った事ではありませんが、ありえない世界だからこそ、それを受け入れて暮らす人物の言動や内面にも現実味のある肉付きを与えてほしいと思います。
小説らしい構成をかなり意識した作品であっただけに、読む方も期待してしまったせいかもしれません。手直し次第でもっと面白くなったのではと思います。

名前: 気まぐれルート66 ¦ 16:49, Monday, Aug 10, 2009 ×


ううーん、甘い血液という発想は良いと思うのですが、その要素が強すぎて、その後の性行為が完全に蛇足に思えます。

「シャワーを浴びてケータイ掛けて、住所を言って服を着る。」も、“住所”じゃなくて“今いる場所”みたいな書き方しないと、なんか自分の家で事が行われているのかと誤解してしまいました。

タイトルにもなった肥後守も、役割をちゃんと果たしていないように思えます。

全体的に、もうちょっと纏める作業が必要だったんじゃないかなぁと思います。



名前: PM ¦ 20:14, Monday, Aug 10, 2009 ×


恐怖度1
文章力0
構成力0
アイデア0
不気味で異常で好きなんですがね。この世界観。でもストーリーとしてはわりとオーソドックスなパターンかもしれませんね。
タイトルの肥後守がピンとこない。もっと細かい部分まで書き込んでくれたら点数あがったかも。

名前: 妖面美夜 ¦ 23:19, Monday, Aug 10, 2009 ×


 雰囲気があっていいですね。
 こういう自分の世界を持ってるのがうらやましいなあ。

 なぜ血に引き寄せられるのか、そこが不思議なんでしょうけど、そこがもうひとつ腑に落ちないんだよね。
 男が引き寄せられてくるってのが「日常」で、血をなめるってのが「非日常」なんだよね。
 そこがぐるっとひっくり返る瞬間にダイナミズムがある訳です。
 その瞬間を上手くひねり出せると、鮮やかに物語が展開すると思うんだよね。
 あと少しって感じ。

【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: ユージーン ¦ 21:16, Wednesday, Aug 12, 2009 ×


雰囲気を出そうとしているわりに、説明が多くて中途半端な印象です。
能力の説明や被害者の末路など、暗に匂わせるような書き方が出来れば、着想をもっと活かせたと思います。

名前: もりもっつあん ¦ 23:24, Wednesday, Aug 19, 2009 ×


男のロマンを売っ払ってしまった従兄弟。それでも自分を好いて連れまわす一面も持っていた従兄弟。彼に会いたいとは決して言わないし、そこまでの興味ももはや失われてしまったけど、何となく「飛んできたらいいなあ」と思っている……。
このダルい感じ、好きです。もう感情も感受性も磨耗してしまった感じ。
悪い点に関しては、他の方も仰られておりますので、今更敢えて言いはしません。
でも、その悪い点に目をつぶってもいいくらい、主人公がよく書けてると思います。

文章―+1
構成―0
恐怖―0
キャラクター―+1

名前: あおいさかな ¦ 15:03, Saturday, Aug 22, 2009 ×


メガネを外すことなく男がガッついていた描写で、この少女の血の威力がよく判りました。作品に流れる退廃的な雰囲気が、綺麗でいいですね。
ラスト三行が切なくて素敵です。

*描写+1 *雰囲気+1
*恐怖−1

名前: げんき ¦ 00:12, Wednesday, Sep 02, 2009 ×


・アイディア+1
 かぶと虫と同じ方法で人間を捕る、という発想がとても良いと思う。
・描写と構成+1
 分割された過去シーンの挿入や時間経過が、とてもタイミング良いと思う。話に対して十全に機能しているようで、構成が完成されている。
 あまりこの作品で詳細な理由付けは必要ないと思うが、アイスでさりげなく血が甘い理由を補強している所なども好印象。ただ、冒頭で肥後守を忘れてきている理由が分からないのだが。素直にいつもの愛用品を使っていても良かったのでは?
・怖さ±0
 読み終えて、頽廃的な良い余韻が残る。が、怖くはない。
・買っても後悔しない魅力+1 アイディアに感銘を受けたのと、頽廃的な余韻があって魅力的だと思ったのとで。

名前: わごん ¦ 22:23, Wednesday, Sep 16, 2009 ×


肥後守に抱く想いが、独特の気だるい文章に良くマッチしていると思います。 ただ、やはりタイトルは肥後守でなくとも良かったのでは。
それと、【私は血を飲ます】という文章が、ここまで積み上げてきたクールな印象を一瞬にして台無しにしてしまった感があります。

発想・1 構成・0 文章・-1 恐怖・0

名前: 三面怪人 ¦ 02:08, Friday, Sep 25, 2009 ×


腕を傷つけて歩いていると、血が好きな連中が引っかかるというのは、ありそうでありなさそうであり微妙だと思いました。
何か誘引される連中に付加価値がないと、人身売買組織らしい連中も契約なんかしないでしょうし、何やら裏設定がありそうなんですが、そこまで描いてもよかったのではないかと。
気怠げな文章は、味があってよかったと思います。
「呪われたとかで、ある日突然姿を消してしまった従兄弟」という一文は、ツボに填りました。それで家族とか皆納得しているのかよと。

アイデア  1
文章    1
構成   −1
恐怖度    0

名前: 鶴の子 ¦ 07:45, Friday, Sep 25, 2009 ×


幻想的な雰囲気はあるものの、所々で妙に現実的な部分があるため、どっちつかずな印象を受けた。独特のアイデアとこの文体なら、いっそのこと、思い切り非現実的な物語にしたほうが良かった気がする。

名前: 水本しげろ ¦ 22:03, Friday, Sep 25, 2009 ×


この手の話は好きではないのですが、こんな目にあったら怖いなあ・・という範疇にちゃんと入っています。

名前: 読書愛好家 ¦ 23:37, Thursday, Oct 01, 2009 ×


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