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照りつける日差し。容赦ない照り返し。とある夏の昼下がり。 圧力さえ感じられるほどのセミの声。幼い娘の手を引いて歩いていたサヤコは、うん ざりとした表情で道の脇にある雑木林を見やる。 「去年もこんなだったかしら?」 そんなことはなかった気がする。今年、それも八月に入ってからが本当に酷い。 茂った草から覗く木の根元に、しがみ付いたままの恰好の茶色い抜け殻が、キノコか 何かのようにブツブツと並んでいた。
気持ちが悪い。汗が噴き出た。 家から持参してきたペットボトルをバッグから出そうと、娘から手を放す。 「あーちゃん、ちょっと待っててね。ママ、お水を飲むから」 「ねえ、ママ」 「あーちゃんも飲もうね。暑いでしょう」 「ママ、見て。セミさん」 「え?」 寸止めで水を飲むのをやめて、サヤコは娘が差し出すものを見た。 小さな小さな白い手を覆う、不似合いな小豆色の瘤のようなもの。 ――アブラゼミ? 錆びたような紅の不透明な羽根。目はもっと深い紅。 アブラゼミ、じゃない。 そして大きい。娘の手より大きい。 ちょっと――大きすぎやしない?
「あーちゃん、セミさん、どうしたの?」 「ブブブブブて飛んで――ぎゃっ!」 「あーちゃん!?」 「痛いッ! ママ、痛い! 助けてえ!!」 いきなり娘が手を振り乱し始める。大声で叫び、顔がみるみる紅潮していく。 「あーちゃん、あーちゃん!」 ペットボトルがアスファルトに転げ落ちた。サヤコが暴れる娘を両腕で押さえ、元凶 と思われる忌々しいセミを振り払おうとする。しかしセミはしっかりと幼女の肌にし がみ付き、微動だにしない。 「ママー! ママああああ!!」 「このッ! このッ、えい、えいッ!!」 数度の手刀で、セミの胴体が飛んだ。 だか、頭部は離れない。 「痛いよううううう」 ぐしゃぐしゃに泣き崩れる娘。セミはその可憐な手肌に、本来なら樹液を啜るための 器官を深々と突き立てて、あろうことか血液を吸っていた。 頭だけになってもなお吸血を止めない。 その糧を溜め込む場所が失われているので、セミの首から幼子の赤い血が無駄に噴き 出し続けてている。 その血は、他ならぬ我が子の血。
「このッ!」 サヤコは恐さや気味悪さを必死に押し殺し、セミの頭部を娘の手から引き抜いた。 そして、焼けたアスファルトに投げ捨てる。 「あーちゃん、もう大丈夫よ。大丈夫」 沸騰するような顔色で泣き続ける娘を、ぎゅっと抱きしめる。 腰が抜けそうになる。だめ。そんな暇ない。早く消毒、いえ病院に。 「ぎゃああああああん。あああああん」 泣き叫ぶ娘の声。それ以外は静寂。
「――!?」 サヤコは気づいた。 セミの声がしない。 辺りに響いてるのは娘の泣き声だけ。 はっと、顔を上げる。 ジャッ!という耳を弄する音とともに、雀の大群のようなものが雑木林から飛び立っ た。 反射的に背を屈め、娘を胸に抱きこんでかばう。 「――きゃあああああ!!」 背中に、頭に、二の腕に、キリ状のもので刺される痛みが走る。一本や二本ではない。 その単位は数十にも上る。 「あーちゃん! あーちゃん! あーちゃん!」 「ママ! ママ! ママああああ!!!」 おびただしい数の注射器で血を採られていくような感覚。痛みと痺れ、そして急激な 体温の低下。さっきまで暑さにうだっていた体躯が、一気に冷え込んでいく。 ブブブブと振動音のようなものが幾重にも重なり、サヤコの耳から子供の声をかき消 した。だがすぐにそれさえ飲み込むように、鼓膜の奥からの耳鳴りがボリュームを上 げ、突然、ふっと消えた。
「あーちゃん……、あ……ちゃ、ぁー……」
サヤコの声も途切れた。
昼下がり。 雑木林を風下に、三人の女性が立ち話をしている。
「恐いね。アイスピックで滅多刺しだって」 「娘さんは助かったの? え、あら……そうなの」 「綺麗な奥さんだったもんね。ストーカーとかじゃないの?」 「血が一滴もなかったって話じゃない?」 「え、嘘。まさか」 「ニュースはそんなこと言ってなかったわよ」 「そうだっけ?」 「どこから聞いたの、それ」 「えーと」 「それにしても今年はセミがうるさいわね。大声で話さないと聞こえないくらい」 「最近、夜中まで鳴いてるでしょう。異常気象のせいよね」 「温暖化が激しいからってこと?」 「そうなの?」
「――あら、鳴きやんだ」
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受信: 23:01, Thursday, Sep 17, 2009
■講評
これはセミの怪奇事件と背後にありそうな何かをニュースが事実通りに伝えなかった、という解釈で読んで良かったのでしょうか。 セミの襲撃場面は詳しく書かれていますが、事件の結末が雑木林付近の3人の女性で語られ、キーワードとなりそうな会話は「血が一滴もなかった」「ニュースはそんなこと言ってなかった」と演劇風に鏤められていて、読者の解釈に委ねる構成かなと思いました。
ただこの雑木林付近は人通りがどれくらいの場所なのでしょうか。 サヤコの時も、これから事件が起こりそうな3人の女性の場合も目撃者が全くいないというのは無理があると思います。それすらもニュースが正確に伝えなかったのか、吸血ゼミが人気のない時を狙って襲撃しているのかもしれませんが。 また今年だけがいきなり吸血ゼミが出てくる展開も、事前の下拵えが必要であるように感じました。 そのあたりの整合性をクリアできて最後の会話へとうまく繋げる事が出来れば、ただの虫襲撃話で終わらない面白さが出せていたのではないかなと思いました。 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 09:48, Friday, Aug 14, 2009 ×
恐怖度0 文章力0 構成力0 アイデア0
おや?これはどのように解釈したら良いのでしょうか? 吸血ゼミは実際起こったことでしょうか?それとも現実的な犯罪に巻き込まれたお話? ラストは読者の想像に委ねるということなのかもしれませんが、それは厳しいかなあ。 吸血セミもラストの主婦達の会話も唐突過ぎていまいちしっくりこないのが残念でした。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 04:35, Saturday, Aug 15, 2009 ×
確かに大量発生している蝉が襲ってきたら怖いですね。 いつ、どこで襲われたかはっきりしないので、フリとしての平穏な風景が描けておらず、恐怖も薄いように感じました。
アイデア 0 恐怖 1 描写力 −1 |
名前: もりもっつあん ¦ 10:45, Sunday, Aug 16, 2009 ×
「キノコか 何かのようにブツブツと並んでいた。」という比喩はイイ! 一方で「おびただしい数の注射器で血を採られていくような感覚。」というのは、されていることそのまままワケですから、不要か、別の工夫をすべきでしたね。最後の主婦の立ち話にしても、あのやり取りなら三人も要らない。二人でいい。 書く必然性のあるモノとないモノについて考えてみたら、すっきり纏まると思いますよ。
文章―0 構成―−1 恐怖―0
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名前: あおいさかな ¦ 01:40, Saturday, Aug 22, 2009 ×
丁寧な文章で好感が持てました。
アイディアとしては核の部分だけなので、これにいかに肉づけして物語にして行くのか、というのが課題でしょうね。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: ユージーン ¦ 22:21, Wednesday, Sep 02, 2009 ×
うーん、なんか唐突な印象ですね。 静寂→強襲という設定は良いと思うのですが、それをこう納得させる部分がないというか、ちょっと底の浅さが気になりました。 展開的にも、もうちょっと練りがあると良かったかなぁと思います。
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名前: PM ¦ 18:45, Tuesday, Sep 08, 2009 ×
少し駆け足で話が進んでいく印象がありました。静寂がセミが襲ってくる合図というのは面白いと思います。
注射恐怖症のため、こんな死に方だけはしたくないなぁとしみじみ思いました。
*恐怖+1 |
名前: げんき ¦ 20:55, Thursday, Sep 10, 2009 ×
・アイディア±0 悪くはないとは思ったが、大分前に巨大化した蝿と血を吸う蝶の話が出ているので、プラスにはしない。 ・描写と構成±0 可もなく不可もなく。最後の締め方は良いと思う。 ・怖さ±0 襲われ方に「おびただしい数の注射器で血を採られていくような感覚。」と工夫を凝らしたのは良いと思う。ただ、プラスにするほどには感じなかった。平均点な怖さというか。 ・買っても後悔しない魅力±0 可もなく不可もなく。 |
名前: わごん ¦ 15:47, Thursday, Sep 17, 2009 ×
こういう直球勝負だと文章に相当工夫がいると思うんですが、ちょっとそのへんの不足を感じました。
アイデア 0 文章 −1 構成 0 恐怖度 0
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名前: 鶴の子 ¦ 09:27, Friday, Sep 25, 2009 ×
前半部に体言止めが多く使用されていますが、ここぞという時に使ってこそ活きてくる手法だと思います。これほどの羅列は文章を素人臭くしてしまい、折角の余韻が台無しになるかと思われます。 また、最後が会話文だけというのも、技巧に頼り過ぎています。
発想・0 構成・0 文章・-1 恐怖・0 |
名前: 三面怪人 ¦ 13:46, Friday, Sep 25, 2009 ×
文章はとても読みやすく、情景がすんなり頭に浮びました。 ただ、大量の吸血ゼミが人を襲うというのは、往年のモンスター映画のようで ややありがちに感じました。 ラストの「――あら、鳴きやんだ」という科白が、これから始まる惨劇を予想させて 上手いオチだと思います。
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名前: 水本しげろ ¦ 20:06, Saturday, Sep 26, 2009 ×
すみません。 最後のオチだけが物凄く秀逸でしたが、母親が娘からセミを振り払うシーンではちょっと描写が滑稽でシュールな図が脳裏に浮かんできてしまいました。 緊張感のある描写が欲しかったと思います。 |
名前: 籠 三蔵 ¦ 22:35, Thursday, Oct 01, 2009 ×
セミといえば樹に突き刺すことのできる口吻・・・これは痛い。と単純に怖くなってしまいました。 |
名前: 読書愛好家 ¦ 23:34, Thursday, Oct 01, 2009 ×
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