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レギニータ  ――05(終)
(「レギニータ」04から)

 朝目覚め、夜眠る、普通の生活に戻っていった。
 まだ暗いうちにカーテンを開け、陽が昇るのを待つ。なぜかしらその時間帯は晴れていることが多かった。
 朝日は天地を血の色にそめ、雪雲との摩擦で軋みをあげながら力尽くで昇ってくる。間引かれる赤子のむせびのような音だ。臭いで言うなら昨夜からずっと動き続けている重機の臭いがする。それは清潔で明かりのない工場でのことで、重機を動かしたはずの人間はついぞ見つからないのである。
 そんな風に、いつも朝のやって来かたは、ある暴力の哲学を説いているよう思われた。ミナシキは瞬きすら許されぬ心持ちで、空から藍が駆逐されるのを飽きもせず見詰めるのだった。
 眠ると同じ悪夢を見る。
 見るたびに出口が近付いてきた。階段室の底部も間もなく、というところであの夜の音を聞いた。一切の景色と断ち切られ、ジェノーもビルキエもいない。夢と肉体のさかいもなく一心に耳を澄ませてみた。
 音が近付くと、だんだんと、雑踏の音声を機械圧縮した音に聞こえてくる。その中に一際よく聞き取れる女の声があった。
 意味がわかるような気がした。
 音の塊が頭蓋にせまり、今にも脳に触れそうになる。
「来るな!」
 ――そう叫んで目をこじ開けた。
 以来、二度と、夜の音を聞くことはなかった。

 一方サヤカは相変わらず絵ばかり描き、しかも色を塗らなかった。そもそも彩色の画材がないのだが、必要とする前に破り捨ててしまうことが多い。よほど自分の描くものが気に食わないとみえ、納得できない上手に描けないもう描きたくない等と騒いでいる。ある時からミナシキは宥めるのをやめた。ひとしきり荒れた後、何事もなかったように紙に向かうからだ。
 ヨセギからは、弾薬庫に案内された。鯨の外壁を細く巻く通路から、さらに細い、路地と呼ぶべき場所に入ってゆくと、違法に建築された小箱のような家が立ち並び、その内の一つだった。
 鉄扉の中にずらりと棚が並び、武器弾薬が立てかけられている。適切な扱いがなされていた。機関拳銃の弾はなかったし、手榴弾には四倍の値段を吹っかけられた。
「高すぎる」
「しゃーねぇだろお? ここじゃ、そうそう手に入るもんじゃねえんだ。おう。これなんかどうだい」
 ヨセギが突撃銃を取って見せた。
「かさばるようじゃ駄目だ」
「こいつは? これなら安いぜ」
「それを買うくらいなら、今ので足りている」
 かなり旧式の拳銃も棚に戻し、ヨセギは肩を竦めた。
 そこへ一人の若者が走ってきた。
「ヨセギさん、死体があがりましたよ!」
「マジか。場所は?」
「例の......階段室の前です」
 ミナシキをちらりと見て言った。
「あの通路は封鎖しただろう?」
「そうなんスよねぇ、今見たときもちゃんとしまってたし、おかしいなあ」
「どんな奴だい」
「男です。死んで何日も経ってるし、手足なくなってンすよ。ありゃヒドい」

 それがジェノーだったかどうか、ミナシキには知らされなかったし、調べるつもりもない。サヤカは女衆の炊事洗濯を手伝い、仕事がなく、絵も描かない時には、歌を歌っていた。どれも即興の歌詞と旋律だった。ミナシキは古いギターを見つけてきて、サヤカを驚かしてやろうと、そっと近付いた。空はよく晴れていて、風が凍っていた。
 適切なコードを、光の中でかき鳴らした。瞬間、弦が全部切れた。
 サヤカが驚いていた。ミナシキも驚いていた。
 お前はここに残れ、と、その夜切り出した。サヤカは唇をきつく引き結び、力をこめた目でテーブルの天板を睨み続けた。その間ミナシキは、第三階層で見た祭りの狂乱を思い出していた。無惨に殺されていた監視官たちを思い出し、ジェノーの悶絶を思い出した。躊躇いなくビルキエを撃った自分を思い出し、蝸牛の甲殻を背に浴びて叫ぶレーコを思い出した。遠い過去のように思え、その実、同じ未来が続くのだろう。大体同じような事を、サヤカも思っていたのだろう。
 多くは言わなかった。
「分かったわ」
 ただ一言だけで、答えた。涙の粒が落ちた。

 その朝が来た。ザックを肩にかけて歩くミナシキに、サヤカがついて来た。お互い、言うことはなかった。新雪のぎゅっ、と鳴くばかりが、貨物軌道との分岐まで続いた。サヤカが真夜中に、この道を駆けたことが思い出された。そんな様子を押しとどめ、サヤカは隣に並んでいる。
 分岐点に来て、二人は足を止めた。妙に気恥ずかしくて、何とも言いがたかった。
「いってらっしゃい」
「――行ってくる」
「病気、治してね」
「ああ」
 ミナシキが微笑みかけると、叫びだしそうな目のままサヤカも笑顔になった。
「元気でな」
「うん」
 ふわりと背中を向けて、左の道を歩み去る。
 サヤカが胸の前で指を組んだ。ミナシキがカーブを曲がって見えなくなると、ついにその顔が大きく歪み、開いた口からは声もなく、涙を流し雪にひざまずいた。
 ミナシキの足跡が、軌道が現れるところまで続いた。横のトンネルが開放され、二階建ての貨車が、黒々とした顔面を見せていた。
「おまえさんかね」
 白髪の老人がタバコをふかしながら尋ねた。シミの浮く両側の頬の皮が垂れ、つられて唇の両端も垂れ、豊富な眉毛と、目も垂れていた。ある種の小型犬を髣髴とさせる老人である。老機関士は木箱から腰を上げ、タバコを踏み躙って消すと、「乗りね」、と言った。
 汽笛が長く、長く鳴り響いた。
 貨車が引き摺られるように動き出し、客室に外の光が差した。
 軌道の上の細道を、走ってくるサヤカが見えた。
 ミナシキの鼓動が跳ね、二階客席へ走る。
「サヤカ!!」
 赤い座席に片膝を乗せ、ミナシキは窓を開け放った。風が髪を全部払い、サヤカの声を届けた。
「ミナシキ!」
 下り坂を加速し続ける貨車に負けじと、サヤカが声を張り上げた。
「どんな世界を見ても帰ってきて! 私、待つから! あなたがおじさんになっても、おじいさんになっても待つから!!」
 ずっ、と貨車がサヤカを引き離す。
「あなたのままで帰ってきて!!」
 やがてサヤカの視界には、大蛇のような貨車の天辺が流れるだけとなる。それでもサヤカは、一本に結った髪を躍らせ、長いスカートに風を孕み、平たい靴で、貨車を追って走り続けた。
「私――」
 貨車の加速はやまず、二人の間に距離を――、絶望的な距離と、時間と、まだ見ぬ無数の人間の人生を挟みこんでゆく。
「階段室で――待てって言われて――あの時考えたの! 私はお母さんとはぐれたんじゃない! お母さんは私を愛せなくなる前に私を手放したんだ!」
 雪に足を取られて転んでも、すぐに立ち上がった。
「ミナシキ!」
 雪も払わずにまた走り出した。
「きっと誰も孤独じゃないわ!!」

 静かな客席では、まだミナシキが同じ窓を見ていた。そこには輪廻の鯨の外壁があるだけで、サヤカはもう、ミナシキの瞼の内にしか存在しない。
「彼女は待っているだろうか」
 問いかける、わけでもなく、ミナシキは呟いた。背中に朝の陽射しがぶつかる。
『どうでしょうね』
 キセリタが応じた。
『――あるいは彼女が、真実というイキモノならば』

 サヤカは涙も拭わずに、息を切らしていた。次第に膝が上がらなくなり、長い長い貨車ももう、過ぎ去ろうとしている。
「......私、クジラに色を塗るわ。緑と、赤と、青と、黄色と――花模様に塗るの! ヒレがこう、長くって薄くって、優しい目をしているの! クジラってそういう生き物だと思うの!!」
 小道の終わりが見えた。膝の違和感に抗い、その低い壁の向こう、眼下の貨車の屋根に、更に空気を吸いこんだ。
「――うぅん! 絶対、そういう生き物よ! 本当よ!」
 たどりついた壁に手をついた。貨車が壁沿いに流れてゆき、あとに雪が残った。
「絶対に、絶対に、ずっとここで待つよ!!」
 それでもサヤカは叫び続けた。
「約束だよ――!」
 軌道に向かって、身を乗り出して。
「絶対だよ――!!」
 声は道の果てに、吸いこまれて消えた。貨車の音ももう聞こえなくなっていた。
 それでもまだ目をこらし続けるサヤカに、太陽は少しずつ強くなってくる。
 そうして人間たちが仕事を始めるのだ。








(終)

【事務局注】
この作品は、送信された作品ファイルサイズが非常に大きく、1エントリ分で作品全てを表示することができないため、事務局側の判断で複数エントリに分割していますが、全て合わせて単独の一作品として応募を受け付けた作品です。
このため、先頭エントリ部分のみトラックバック/コメントを受け付けるとともに、先頭以外のエントリではトラックバック/コメントを受け付けないようになっています。
これはエントリーblogのCGIの仕様上の制限に基づく特別措置であり、「レギニータ-XX」を全て合わせて1ファイルの単独作品であるとして、先頭エントリ部分にのみトラックバック/コメント講評を頂戴いただけますようお願いします。

なお、正式タイトルは「レギニータ」で、XX部分の数字はエントリ分割に伴う、事務局による補足的なものです。


08:58, Thursday, Aug 20, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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