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頭が痛む。頭の中で銅鑼を鳴らされると、こうなるかもしれない。二日酔いの痛みに似ているが、それほど飲んではいない筈だ。 「痛ぇ……」 言葉にすると少しはマシだ。とりあえず起き上がろうとして気付いた。固い台に縛られている。しかも、どうやら裸だ。 「なんだこれ」 真っ暗だが、自分の部屋ではないことは判る。怒鳴った声が反響したからだ。もう一度叫ぶ。その声に反応したかのように、灯りが点いた。 突然の灯りに目が眩み、頭痛が増した。思わず呻く。 「気がついた? 」 女の声が近づいてきた。記憶を弄り思いだそうと試みたが、激しい頭痛が邪魔をする。足音は右側で止まり、ぬっと顔が覗き込んできた。長い髪を後ろで束ねている。 唇に微笑みが浮かんでいるが、目は全く笑っていない。何かを連想させる顔だ――そう、カマキリだ。 「あなたのお友達も目を覚ましたようよ」 友達? ああ、そうか。昨日は伊東に誘われて、仕事帰りに飲んだんだ。ようやく思い出した。けれど、そんなことは後回しだ。今はこの状態をどうするか、だ。 「あんた誰だ。ここは何処だ。俺に何をするつもりだ」 「名前を言っても判らないわよ。ここが何処かなんて知っても仕方ない。あなたに何をするかは……聞かない方がいい」 女は手にしたコントローラーのスイッチを入れた。俺の上半身がゆっくりと起こされていく。ようやく状況が掴めた。 コンクリート打ちっ放しの部屋だ。荒れ果てた様子から考えるに、廃墟だろう。伊東がいた。俺と同じように裸でベッドに拘束されている。 「伊東! 起きろ! 」 「うるさいわね。少し静かにしてよ」 俺は構わず、大声を出し続けた。 「静かにして」 「伊東っ! 」 残念ながら、それ以上叫べそうに無かった。女がナイフを構えたからだ。かなり大型のナイフだ。 押し黙った俺を見て、女は低く笑った。今度こそ本当の笑顔らしい。やはりカマキリに似ている。笑顔とナイフを保ったまま、女は振り向いた。伊東が目を覚ましたのだ。伊東は、しばらくの間、女を凝視した。 「……岩本か? 」 どうやら伊東は、この女と顔見知りだったようだ。 「久しぶり。伊東君、元気そうね」 伊東の顔が引き攣る。俺は厭な予感がした。あれは、奴が職場で時々見せる癖。何か不味い事をしでかした時の癖だ。 「なぁ、聞いてくれよ。悪かった。あの頃の俺はどうかしてたんだよ」 優しく、説いて聞かせるような声だが、女は逆上した。 「どうかしてた。そんな理由でおまえは三年間、私を虫にしたのか。ふぅん……」 女は、また、唇だけで笑いながら部屋から出て行った。次に現れた時、大きなカバンを引き摺っていた。 黙りこんだ俺の横に立ち、女は誰に言うともなく話し出した。
昔ね、高校生になった時、すごく嬉しかったの。これでようやく、イジメから逃げられるって、ホッとした。でもね、ダメだった。高校でも一緒。 私、三年間、ずっと『虫』だった。何人かは注意してくれたけど、次はその人が餌食になるからね、結局独りきりにされた。 馬鹿みたいよねぇ、高校生にもなってイジメなんてさ。毎朝、額にマジックで虫って書かれて。虫だからって殺虫剤かけられて。死ぬよね、下手したら。 ロッカーに閉じ込められて、虫カゴだって。仲間だろ、とか言って背中に毛虫とかカメムシとか沢山放り込まれて。 でね、イジメる奴等に向かって、おまえら止めろよ、とか言ってたこいつがリーダーだったの。私、知らないからすごく嬉しくて、体まで許してさ。 私を抱いた直後に、こいつはドアを開けて言ったのよ。俺の勝ちだ、って。賭けてたのよね、仲間と。それから私、入ってきた奴等に何度も何度も犯された。
女はカバンから黒いケースを取り出すと、奇妙な道具を机に並べ始めた。手術器具だろう。綺麗に磨き上げられている。 「な、なんで今頃になってだよ!すげぇ昔の話だろうが」 ああ、馬鹿だな。流石にこれは俺でも判る。伊東にしてみれば何十年も前の話だろうが、あの女にしてみれば時間が止まったままなのだろう。 案の定、女の顔色が変わった。 「高校を出てから、しばらく入院してたの。心の病でね、体重が三十キロまで落ちて、死にかけた。その時、決めたの。外科医になろうって。この日の為に、現場で随分経験積んだのよ」 女は使い慣れた様子でメスを握ると、ヒュッと音をさせ、空中を軽やかに切り裂いた。 「では今からオペを開始します。伊東正直君を虫に変えます」 伊東も俺も、女が言ったことが理解できない。虫に変えるとは、どういうことだ。俺たちの想いを察したかのように、女は説明を始めた。 「昆虫の定義って判る? 教えてあげるわ。体が頭、胸、腹に分かれて、脚が胸から六本出ている。ということで、伊東正直の両足を切り取り、胸に縫合する。それから、そこのあなた。あなたの両手を切って、伊東の胸に付ける。ね、これで胸に六本の足ってわけ」 口を開けたままの伊東に代わり、俺が悲鳴をあげた。 「ま、待てよ、俺は関係ないだろう! 俺は生まれてこの方、誰一人イジメたことなんかない」 これは本当だった。俺は懸命に自らの真っ当な人生をぶちまけた。女は腕組みし、小首を傾げ、興味深そうに聞いている。説得成功かと思われた次の瞬間、女は俺に背を向け、手術の用意を再開した。鼻歌なんか歌っている。 「くそ、なんでだよ、何で俺が」 「理由なんか無い。私も理由が無かった。その男と知り合いになったのが不運なだけ。せめて貴方には局所麻酔してあげる」 ということは、伊東は麻酔無しか。ようやく伊東は悲鳴をあげ始めた。ゆっくりと音量が上がっていく。その悲鳴をかき消すのは俺の悲鳴だ。誰だって、自分の腕が肩から切り落とされたら、このぐらいの悲鳴は上げるだろう。 俺の腕をぶら下げ、女は伊東に向かった。麻酔無しか。死ぬかもしれんな。ま、いいや。あんな奴、死んだ方がマシだ。というか、死ね。死んじまえ。 畜生、意識が遠ざかってきた。 「なぁ、血止めてくれよ。なぁ、頼むよ、助けてくださいお願いします」 俺の願いは、伊東の咆哮に掻き消された。
夕暮れの公園に、一人の少年がいる。捕虫網と虫カゴを持ち、昆虫採集の真っ最中のようだ。残念ながら、カゴの中身は蝉だけである。 次に狙っているのはアゲハ蝶らしいが、ふわふわと逃げられてばかりだ。汗だくの少年に女が近づいてきた。カマキリのような顔立ちの女だ。 「君、伊東君? 昆虫採集してたの? 」 「そうだけど。おばさん、誰? 」 「お父さんのお友達よ。おばさんね、あなたが大きくなって、小学校に入るのをずっと待ってたのよ。こうやって、昆虫採集する日をずっと。あのね、プレゼントがあるの。今、お家の前に置いて来たから、見てくるといいわ。とっても大きな虫よ」 ありがとうと頭を下げ、少年は走り出した。おばさんが言った通り、家の前に大きな箱が置いてあった。少年は胸をときめかせながら、思い切って蓋を開けた。
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受信: 12:55, Saturday, Aug 22, 2009
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受信: 15:22, Tuesday, Aug 25, 2009
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受信: 22:19, Tuesday, Aug 25, 2009
» 【+2】昆虫の定義 [峠の塩入玄米茶屋/2009から] × 文章力は高いと思う。おそらくは狙いなのかも知れないが、女の言い回しや仕草など、因果元の真知子の陰湿さを彷彿とさせる。そのためにどうしても因果元と比べてしまい、オリジナリティが薄くなった印象である。有無をも言わさないこの不条理さと結末は好み。 発想 ... 続きを読む
受信: 01:00, Wednesday, Sep 23, 2009
■講評
ざっと読んだ感じでは結構面白かったです。最後もなかなか良く考えられていると思います。「あれは、奴が職場で時々見せる癖。何か不味い事をしでかした時の癖だ。」もいい表現です。この女にどういう事があって最後に何をやらかすかに計画性があって良かったです。
ただ、決意したからといって誰でも外科医には簡単になれないでしょうし、女性一人が大の男を二人も拉致できるのは容易ではないと思います。 伊東の過去を知って今の状況に陥ったとしても俺の「死ぬかもしれんな。ま、いいや。あんな奴、死んだ方がマシだ。というか、死ね。死んじまえ」はこの時のパニックぶりを考慮しても心情の変化が激しすぎて無理があるのではという気がしました。 場当たり的な理由で俺の体が切られていながら、怒りの矛先が施術者であるカマキリの女性ではなく伊東に死んじまえの気持ちを抱くのは切り替えが早すぎてちょっと不自然に感じるのです。 セリフがドラマ風というかやや芝居じみているので、もうちょっとだけ現実的な喋り方である方が怖さを出せるでしょう。
作品の構想自体は良いと思います。一度完成してからの磨き上げにどれくらい手を掛けられるかでこの作品はもっと良くなっていたでしょうから、そこがとても残念でした。
アイデア・1、描写力・−1 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 14:06, Saturday, Aug 22, 2009 ×
女の執念1 文章力0 構成力0 アイデア1 外科医になってまで復讐しようとする執念はあっぱれです。 (もっとも女は頭がおかしいので女医ではないかもしれませんが…。) 手術はまさしく医学を無視した設定でしょうか、手術シーンに重点を置いてかかれたらもっと素敵な作品になったと思います。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 19:53, Monday, Aug 24, 2009 ×
なかなか考えてありますよね。 最後にちゃんと子供が出てくる所とか、あし6本を上手く支点にして、主人公を無意味に巻き込まれた人物にする事で、第3の視点を入れる事で話をしっかりまとめている。 この第3の視点、あるいは支点を置くことで物語に広がりが出てくる。
女性が悪役になってる訳だけど、結局は彼女が思いを遂げて終わりになっている。 このあたりにもうひとつひねりをいれて、意外な展開を作り出せるのかがポイントになると思うんですね。 たとえば主人公と女性をあえて恋人同士と設定して、2人で虫を作りはじめて、最後に「そういえば虫なら足が6本だよね」とかね。 2.4点ぐらいかな。おしい。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: ユージーン ¦ 00:18, Thursday, Sep 03, 2009 ×
女が外科医だということを、事実ではなく彼女の妄想だと判断して読み進めました。ラストに子どもが出てくるところ、蓋を開けたところで終ったところがとても好みです。人体変形ネタも大好物です。 ただこの女の単独行動だとすれば、ちょっと力仕事の規模的にも無理があるかなぁと思います。 主人公の男が巻き込まれた形が不条理さを感じさせて良いのですが、ちょっと物足りない気もしました。もう少し長めのお話で読みたかったです。
*設定+1 *恐怖+1 |
名前: げんき ¦ 22:22, Monday, Sep 14, 2009 ×
うーん、ラストは良いと思いますが、それまでがなんだか随分と平坦な印象を受けました。 特にこれといった展開がないと言うか…。 ラストに至るまでのもたつきがちょっと気になりました。
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名前: PM ¦ 19:56, Tuesday, Sep 15, 2009 ×
オチの救いの無さったらないですね。絶望を伴ってて良いです。 ただ、そもそもこんな手術可能なんでしょうか。別に死んでもいいのかな。だったら免許いらないかも。 くっつけるなら死体の腕でもいんじゃないかな、とか。 考えさせる隙があるのが残念です。
オチ+1 アイデア+1 裏付け-1 |
名前: もりもっつあん ¦ 01:47, Wednesday, Sep 16, 2009 ×
・アイディア±0 いじめられた復讐で、リーダーに虫化手術をしてやる……。勿論、個性を出すためのアレンジやオチの模索はされているのだが、こうみると普通の域かな、と。今一歩、アイディアの装飾が足りないかと思う。主人公はただ巻き込まれただけ、というのは捻ってあって理不尽で面白いかと思う。 ・描写と構成±0 水準はそつなく満たしていると思う。必要なことはちゃんと伝わってくる。 細かいこと、「頭が痛む。頭の中で銅鑼を鳴らされると、〜」頭が続くので、「頭の」はいらないんじゃないかな、と。 ・怖さ±0 普通。手術シーンなどをみっちり書き込まれたりしていたら、怖く感じたかもしれない。現状では、ブラックジョークくらいの怖さに留まっていると思う。 ・買っても後悔しない魅力±0 可もなく不可もなく。 |
名前: わごん ¦ 20:37, Friday, Sep 18, 2009 ×
これも独り語りで事件の説明をしてしまってます。文章力はある程度ある方のように見受けられますので、急がずに練りこまれてから投稿された方が良かったのでは。 痛みを感じとれる文章は好みです。
発想・1 構成・0 文章・0 恐怖・0 |
名前: 三面怪人 ¦ 15:29, Friday, Sep 25, 2009 ×
昆虫の定義というのをうまく使ってますね。 女が実際に外科医になっていても不思議はないと思います。 ただ、途中で突然女が自分語りを始めるところは、流れを壊すというのか、非常に違和感がありました。
アイデア 1 文章 0 構成 −1 恐怖度 1
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名前: 鶴の子 ¦ 06:57, Saturday, Sep 26, 2009 ×
発想ー1 文章0 構成ー1 恐怖0 すでに指摘されているとおり、大人二人を拉致するというのは女性一人の犯行としては無理がありますし、四肢を切断するほどの大手術ですから、それなりの規模の医療設備も必要になるでしょう。 心の病になって、体重が落ちて、なぜ外科医になろうろうと思ったんでしょうか。 なにより、遺伝元に似た雰囲気を持つ作風で、かつそれを超える面白さがないために、二番煎じ的な印象を受けてしまいました。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 09:14, Saturday, Sep 26, 2009 ×
昆虫の定義と復讐の方法を結びつけたのは、とても独創的だと思うのですが、主人公が状況を説明するだけの存在になってしまっている。 また、普通、こんな理不尽な理由で両腕を切断されたら、もっと感情の揺れが大きいはずですが、 >ま、いいや。あんな奴、死んだ方がマシだ。 とか、やけにあっさりしていて、恐怖や絶望が薄かったです。 あと、私は伊東達を若いサラリーマンぐらいに思って読んでいたので、ラストで唐突に子供が出てきて戸惑いました。 もう少し細部を詰めれば、かなり嫌な話になったのではないかと思います。 |
名前: 水本しげろ ¦ 19:45, Wednesday, Sep 30, 2009 ×
文の始まりに一字空けがないせいか、短さの割りに読みにくかったなぁ。もしかしたら学生時代やんちゃだった男の人は、結構こういう話が怖いのかもしれないw。 |
名前: あおいさかな ¦ 20:39, Thursday, Oct 01, 2009 ×
グロ描写が命、という感じで、お話も真っ直ぐに突き抜けちゃってますが、この流れではヘタな小細工を擁しない方がいいのかなとも思いました。 ただ、道具は手術道具なんてお上品なものでなく、大の男の手足を切り取るのですから、もう少し凝っていただきたかったかなと。 メスとかで骨をしこしこ斬ったんだったら、それはそれでまたホラーかも知れません。 |
名前: 籠 三蔵 ¦ 21:42, Thursday, Oct 01, 2009 ×
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QRコードの中に 潜む実話怪談

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