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小さな蝶が一匹、深緑色の葉にもたれかかるように身体をぺたりと乗せている。 どんよりとした曇り空の中、やけにキラキラと輝いている翅の光沢が印象的だ。
「綺麗でしょう。ムラサキシジミっていうんですよ。」 その写真パネルばかりずっと見ていた為か、店員が愛想笑いをしながら話しかけてきた。 「この蝶を撮影した写真家は、最近亡くなったんですよ。」 「蝶の写真では世界的にも有名な人でしたのよ。」 「安い買い物ではないかもしれないですけど、きっと将来価値が上がると思いますよ。」 「クレジット払いも大丈夫ですよ。」 矢継ぎ早にならべたてられる店員の商売口上に適当にあいづちを打ちながら、ひたすらムラサキシジミとかいう名前の小さな蝶の姿に魅入っていた。 パネルのムラサキシジミは、雨が降ったり風が吹いたりしただけでその美しい紫の翅の色が消えてしまいそうな、小さく儚い存在だった。 (ひとりぼっちなんだ、私と同じで) 不意に、涙がこぼれた。あわてて左手でごしごしと拭いた。 店員はすこし困った顔をして、言葉を止めた。
パネルを丁寧に包んでもらって、写真展を装った即売会を後にした。 確かに安い物ではなかったけれど、持ち合わせの財布の中身だけで買えない金額ではなかった。 ちょっと高値の流行りの服を二着買ったと思えば、納得できる価格だった。 こんな時じゃないと写真パネルなんて一生買わなかっただろう。 思わぬ衝動買いをしてしまったけど、後悔はしていない。 なんだか久しぶりに、少し明るい気分になれたから。
家に帰るとすぐに、包装紙を丁寧に剥がし取ってパネルを広げた。 (どこに飾ろうかな) 丁度、ベッドの上の壁のあたりに、それらしいスペースが空いていた。 カバンから、パネルと一緒に買った壁架けフックを取り出す。説明書を読むと取り付けは難しく感じたが、実際には思ったより簡単にできた。 着替えをしてからベッドに楽な姿勢で座り、あらためてパネルの蝶を仰ぎ見る。 蝶を囲む景色のぼんやりとした薄暗さとの対比で、紫の翅の美しさがくっきりと浮かび上がる。そのためか、一匹しかいないムラサキシジミの寂し気な雰囲気がより強調される。 写真がこんなに情操を沸き立たせるものだなんて、今まで知らなかった。 寂しさは、結局寂しさでしか癒せないのかもしれない。
告白。 失恋。 思い出したくない言葉。 あれから一月が過ぎたけど、私の時計はずっとあの時から止まったまま。 本当に、いまでも好きな気持ちで胸が苦しい。 ねぇ、どうして私じゃだめだったのかな? あの人がくれたたくさんの優しい言葉が、今の私をつらくさせる。 あきらめたい、あきらめられない。 ――せめて蝶になって、あの人の元へと飛んでいけたら。 そんな他愛ない妄想を折り重ねながら、電気を消し、淡色の掛け布団をぎゅっと抱いた。
夢の中で、私は小さな紫色の蝶になった。 真っ暗な部屋。ここはどこだろう。 パタパタと翅を小刻みに動かし、天井からあたりを見渡す。 木目調の小さなタンス、見覚えのあるノートパソコンが置かれている白い机、2段に重ねてある小さなカラーボックスの本棚、それから少し大きめのベッド。 息が止まりそうだった。 ベッドには、あの人が眠っていた。 気づかれないようにゆっくりと近づき、あの人の頬に降りたつ。 ストローのような口元を丸めたまま、そっと、キスをする。 あの人とふたりだけの時間。幸せだった。夢のような、夢だった。 ―――私はムラサキシジミ。あなたを想い、蝶になる。
朝になり、夢から覚めた。 昨日まで張り裂けそうに苦しかった、もやもやとした胸の内のもどかしさは嘘のようにすっきりと消えていた。 うたかたの夢だってかまわない。ずっとふたりでいられたんだから。 (ありがとう) 壁に掛けられたムラサキシジミのパネルを、両手をいっぱいに広げて抱きしめた。
それから毎晩、私は蝶になってあの人の元へと舞い降りた。 四枚の紫に輝く翅を煌めかせながら、天井の端から端まで、魅惑するように華麗にベリーダンスを舞う。 やがて紫の小さな翅をひらひらと柔らかく扇ぎ、喜びに震えながらあの人の元へと近づいていく。 端正な横顔。真っ直ぐな鼻。整った唇。甘く優しい寝顔。 丁寧に愛撫するように口づけし、彼の頬に翅を休める。 そこには永遠の安らぎがあった。 私が蝶の夢を見ているのか、それとも蝶が私の夢を見ているのか。 どちらでも構わない。ひとときでも、あの人と逢瀬を重ねられるのなら。 ―――私はムラサキシジミ。あなたに寄り添い、夢を見る。
日々はゆるやかに過ぎていった。 あの人の体に申し訳程度に掛けられていた水色のタオルケットは、茶色の薄い毛布に変わった。 部屋の隅のハンガーラックに架かっている色とりどりの半袖のTシャツは、秋色の長袖へと少しづつ模様替えされていった。 奇妙な現実感があった。 夢なんかじゃない。私は夜毎、あの人の元へと羽ばたいている。 そう確信した。
ある晩、いつものように彼の家に舞い降りたとき、いつもと違う妙な気配を感じた。 一瞬、理解し、体が引き裂かれるような衝撃を受けた。 気持ち良さそうに小さく寝息を立てているあの人。 その体にいやらしく絡みついて眠っている女がいた。 (どうして) 残酷な現実を前に、何もすることができなかった。 夜が果てるまで、大好きなあの人が知らない女と抱擁している様を見せつけられた。 わたしはただ、寂しく天井を舞うことしかできなかった。 もう、翅を安らげる場所なんてどこにもなかった。
目覚めた。涙で枕が濡れていた。 「なんで、なんでそんなひどいことするの」 パネルを乱暴につかみ、ゴン、ゴンと乱暴に手の甲で叩いた。 パネルに張り付けられたカラー刷りのムラサキシジミは、無反応だった。
それから毎日、眠りにつくのが地獄だった。 私の魂は蝶になって、あの人の元へと飛んでいく。 そしてあの人と女が悩ましく身体を絡ませ眠る姿を、一晩中見せつけられる。 黒く流れるような烏髪、細くすっきりとした輪郭、目を閉じていても分る潤しい二重瞼、大理石のような白い肌。布団越しにも映る細く艶めかしい肢体。 女は美しく、あの人とお似合いでないといえば嘘になった。 余計、悲しかった。 ―――私はムラサキシジミ。それでもあなたの、宙を舞う。
何日目だろうか。その夜はいつも以上に残酷だった。 あの人は私の気持ちも知らず、いつも通り気持ち良さそうに眠っていた。 しかし、女は枕をならべながらも、眠ってはいなかった。 夜中、急に目が覚めてしまったのだろうか。女は気だるそうにあの人にしなだれかかり、唇をゆっくりとその精悍な頬に這わせていた。 (嫌、それだけは) 私は未練がましく近づいていった。 ゆっくりとこちらを向いた女の瞳が、私を捕らえた。 そしてすこしだけ体をこちらに向けると、にやりと口元を歪め、しっしっと右手で、雑多な小蠅か羽虫のように私を追い払った。 真っ白くマネキンのように整った顔に、勝ち誇った表情を浮かべて。
悔しさに、起きてからも体が震えていた。 気持ちが高ぶり、枕をベッドに何度も打ちつけた。 ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。 こんなにも人を憎悪したのは、生まれて初めてかもしれない。 名前も知らない女の悪口を、言葉の限り喚き散らした。
その夜、眠りにつくと、私はいつもと違う部屋の天井を飛んでいた。 こじんまりと整った部屋の調度品。淡いピンクのカーテン。 きっとここは、あの女の部屋だろうと確信した。 今日はずっとあの女を恨んでばかりいたから、魂がここに飛ばされてきたに違いない。 憎い女。何か身元を確認できる物はないだろうか。 この部屋がどこか分かったら、玄関に毎日生ゴミを捨ててやる。無言電話なんてノイローゼになるくらいしてやるんだから。 ベッドに、人の姿を見つけた。暗闇の中、ぼんやりと横になって眠る女の影が見える。 (今日は、あの人と寝てはいないんだ) なんだか、ほっとした。 しかし、もう少し近づいた時、それは私の思い違いであることが分かった。 (この人、誰?) ベッドでほとんど寝息を立てずに安眠しているのは、あの女ではなかった。 茶色の短い髪。どちらかといえば丸めの顎。かわいいというより幼く見える顔立ち。色気より健康さを感じさせる少し小柄な体。 何一つ、あの女と重なるところはなかった。 (私はどうしてここにいるんだろう) 混乱し、部屋中をでたらめに飛びまわった。 そして、見つけた。 天井から見下ろすと死角になる場所。茶髪の女が眠るベッドの上の壁に、それは架けられていた。
写真パネル。
薄い布のような服をまとった長い黒髪の美しいモデルが、パネル一面に写っていた。 流れるようなポーズを決め、カメラの先の不特定多数の為に媚びるような満面の笑顔を作っている。 あの女だった。
「ようこそ。会いたかったわ」 いつのまにか、あの女が私の前に立っていた。 彫刻のように整った顔に何一つ感情を感じさせない笑顔を浮かべて、ゆらゆらと宙に浮かぶ小さな私の元へ、静かに近づいてくる。 「いい男よね。同じ人を好きになった女同士、カフェテリアでゆっくりとお話でもしたい気もするけど」 美しく華奢な白い手が、私を捕まえようと伸びてくる。 「やっぱりだめね、私ってやきもちを焼くタイプだから」 私の体の倍ほどもある掌が、両側から私を包み込もうとする。 慌てて真上に飛び上がり、掌という大きな白い壁から逃れる。 ひらひらと右に左に舞い、逃れるように部屋の角の天井の隅に張り付く。 ときどき部屋に紛れ込んでくる小さな蛾を、ティッシュごと潰してゴミ箱に捨てていた事を思い出した。罪悪感も残酷な喜びもなく、落ちていたゴミを捨てる程度の面倒さだった。 (ごめんなさい。ごめんなさい) 今の境遇と重なり、今更ながら、私が今までしてきたことを後悔した。 それでも、助かりたい。 天井の角に籠り、できる限り身を小さくしようと翅を折り重ね畳んだ。翅も口も触覚も、体中がぶるぶると震える。 そんな私を、女は口元を美しく歪ませながら心から嬉しそうに見ている。 足音も立てないで、ゆるりゆるりと少しずつ部屋の隅に迫ってくる。 「他の女が彼の事を見てるなんて、鳥肌が立つくらい嫌なの」 女が天井に向け、白く細い腕を伸ばす。 人間ではありえない長さに腕がするすると伸びてきて、抵抗する私はいとも簡単に天井から剥ぎ取られた。 掌という牢獄に閉じ込められ、視界が暗くなる。 容赦なく手を握ったのだろう、暗闇の世界が閉じた。 体中の何かがプチプチと弾ける音がして、擦れるような溶けるような痛みが全身を襲った。 (魂が死んだら、私はどこへ行くんだろう) 混濁した意識の中、疑問だけが浮かんでは消えた。
「あなたと私は似ているけど」 女が、感情のこもらない声で言った。 グシャリ 私が潰れる音がした。
―――あなたは所詮、ムラサキシジミ。 最期にそう、聞こえたような気がした。
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受信: 20:34, Thursday, Sep 24, 2009
■講評
丁寧に良く書かれていると思います。 雰囲気があって良かったですね。
やっぱり潰されて終わりだとちょっと弱いんだよね。 そこからどう、もうひとつひねりを入れていくかってのがポイントでしょう。
【アイデア】0、【描写力】+1、【構成力】0、【雰囲気度】+1 |
名前: ユージーン ¦ 21:16, Thursday, Sep 03, 2009 ×
恐怖度0 文章力0 構成力0 アイデア1 妄想か夢か現実かわからない世界で、あと少しで独特の雰囲気が醸し出せそうなんですが、使われている語句が普通なのであと一歩足らない感じがしました。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 16:39, Friday, Sep 04, 2009 ×
丁寧な描写と展開が、とても好みでした。知らず知らずに主人公の女性に感情移入してしまったので、とても切なかったです。 ムラサキシジミは、私個人のイメージとしては可愛い可憐な蝶なんです。「華麗にベリーダンスを舞う」という一文が全然似合わなく感じ、それが主人公の女性のキャラクターと重なって、すごく悲哀を感じました。ラストの「所詮−」もそれを補強しているように読みとれて、可哀そうでした。
*描写+1 *展開+1 *雰囲気+1 *恐怖−1 |
名前: げんき ¦ 00:04, Tuesday, Sep 15, 2009 ×
んー、最初は展開期待して読んでたんですけどね…。 蝶になって彼の家に行けていた理由、いつもと違う部屋に行ってしまった理由が弱く、ちょっと展開として無理矢理な感がありました。 ここがもう少し自然に出来ればよかったんじゃないかなぁと思います。
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名前: PM ¦ 20:21, Tuesday, Sep 15, 2009 ×
黒い女は茶髪の女性の魂、って解釈でよろしいでしょうか。 主人公の一喜一憂と、時間の移り変わりが良く書けていると思います。 惜しむらくはやはり、オチの弱さでしょうか。 廃人になった主人公を書くくらいでちょうど良かったかと思います。
文章+1 構成+1 絶望感-1 |
名前: もりもっつあん ¦ 07:41, Wednesday, Sep 16, 2009 ×
・アイディア+1 寝ている間に蝶や他の物になるという話はとてもありがちだが、恋敵もしていた、というのは捻ってあって面白いと思う。 ・描写と構成+0.5 描写、水準をそつなく満たしている感じ。黒髪の女登場時の、現実の人物だと思わせるミスリーディングの誘い方は、出来ていると思う。 構成、「―――私はムラサキシジミ。」「―――あなたは所詮、ムラサキシジミ。」はテンポがあって良いと思った。話の展開もスムーズ。 ・怖さ±0 無情感のある良い結末だと思うが、それほど怖くはない。 ・買っても後悔しない魅力+0.5 ベタなアイディアを捻った所が面白いと思ったが、話自体は普通な感じなのが、少しネック。 |
名前: わごん ¦ 22:21, Sunday, Sep 20, 2009 ×
流れと進行は、自己判断しにくいポイントです。原稿から離れた第三者の目で見れば、だれている箇所や無理矢理取ってつけた箇所などが良く判るのではないでしょうか。 スタートとゴールは良いのですが…
発想・0 構成・0 文章・0 恐怖・0 |
名前: 三面怪人 ¦ 16:33, Friday, Sep 25, 2009 ×
恐怖 1 雰囲気 2 美しさ 1 丁寧に美しく書かれた物語だと思います。その分、ラストの残酷さと絶望とが際立っているのではないでしょうか。「胡蝶の夢」をイメージさせる、綺麗な作品だと思いました。 |
名前: 白長須鯨 ¦ 17:17, Friday, Sep 25, 2009 ×
発想ー1 文章0 構成ー1 恐怖0 >(ひとりぼっちなんだ、私と同じで) 不意に、涙がこぼれた。あわてて左手でごしごしと拭いた。
すみません。この時点で共感できない人間なんですorz 自分を責めたいです。 蝶なんてだいたい一匹で飛んでいるし、何で涙がこぼれるのかもわからないし。 最後の言葉も腑に落ちません。ムラサキシジミである必要はない気がします。 ムラサキシジミの目線で唇や頬を見たら、食べカスだの毛穴の汚れだのが、それはもう目立って目立って嫌になりそうな気がするんですが。 そのあたりから攻めてもよかったかも知れません。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 04:50, Saturday, Sep 26, 2009 ×
これは写真パネルを介した魂の戦いなんでしょうか。 黒髪の女が現実に寝ているように刷り込まれるので、最初分かりませんでした。 全体として夢の中のような感じを帯びているのはいいのですが、読者がうまく状況を掴めるように、もう少し工夫がいったかなと。
アイデア 1 文章 0 構成 −1 恐怖度 0
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名前: 鶴の子 ¦ 04:19, Sunday, Sep 27, 2009 ×
自分なりに文章の表現に工夫された様子がうかがえて良かったと思います。 内容は淡々と始まって淡々と終わった感じで、この作品自体も蝶が舞うようにふわふわした流れ方をしているように感じました。
「あの人の体に申し訳程度に掛けられていた水色のタオルケットは、茶色の薄い毛布に変わった。部屋の隅のハンガーラックに架かっている色とりどりの半袖のTシャツは、秋色の長袖へと少しづつ模様替えされていった。」
この作品の中で一番いい表現はここでしょうかね。 絵に描いたような定型的な人物しか出てこない作品もあれば、人ってこんな一面もあるんだなとじんわり気づかされる作品もあるわけで、それが書けるかどうかはどう物事を自分の目で見つめているかにかかっているような気がします。
ところでこの「うたかたの翅」は、人以外のこうした面に対してはいい表現が出来ているのですが、自分の厭な面と真に向き合う事は自問自答によって多くが行われ、そこが作品にも、煮え切らないもやもやさを残して終わる結果となっています。 作中の大半は悶々とした悩みが続き、最後に自分の存在を「あの女」に潰されるのですが、結局の所は閉じられた世界の中で自分で自分を殺してしまったのとあまり変わりがありません。
舞台が限定的かつ閉鎖的な世界であるがために、これといった他者との関わりがなくなってしまったせいであるようにも思うのですが、それ以前にこの作品の梗概は、果たしてホラーに向いていたのだろうかという気もします。
文章量が増えていくとそれらしい話には見えてきますが、あらすじに纏めてみると、主人公が自分の醜い心に気付き、最後には似た者どうしのあの女に殺されるという筋立てですから、これではいくら衣を付けてもいじりようがないかもしれません。
厳しい意見を長々と書きましたが、せっかく良い目線を持っておられるのですし、粗筋の段階から再度立ち上げてみられてはどうでしょうか。 その際には登場人物を、自分にとって身近な人物や、好きなタレントをモデルにしてみるのも一つの手だと思いますよ。 主人公以外の人物にこれといった存在感がないのは、そういう原因もあるのではないかなという気がします。 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 13:59, Tuesday, Sep 29, 2009 ×
丁寧な心情描写で、女性の悲しさと寂しさ(そして嫉妬心も)が伝わって来ました。 写真を介したいわゆる離魂譚だろうと思うのですが、黒髪の女と茶髪の女の関係が分かりにくかったです。
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名前: 水本しげろ ¦ 21:48, Wednesday, Sep 30, 2009 ×
いいですねぇ。これほど腹が立つ話はそうそうないw。 分からないのは、最後の主人公の状態です。ムラサキシジミが主人公の霊魂の化身なら、(肉体的に)死ぬわけじゃないと思うのですが、「最期」っていうのは本当の意味の死を表す言葉だからです。あるいは、精神の死は人の死と同義であるとして、ラストに「最期」をもって来たのかな? 幻想的な雰囲気と、腹立ち度に関して加点です。 |
名前: あおいさかな ¦ 01:52, Thursday, Oct 01, 2009 ×
う〜ん、惜しい。雰囲気はいいし前半はうまく流れているんですけど、後半はちょっと走りすぎで説明不足になっている感じです。
私の魂は蝶でライバルの魂は女だったというオチだと思うが、もう少し因果を結びつけると秀作になる気がする。 |
名前: 六条麦茶 ¦ 23:09, Thursday, Oct 01, 2009 ×
少し難しい話でしたが、好きです。絶望が無理なく感じられました。 |
名前: 読書愛好家 ¦ 23:42, Thursday, Oct 01, 2009 ×
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QRコードの中に 潜む実話怪談

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