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「絵里奈」 授業が終わると、親友のひとみが声を掛けてきた。欲しいものがあるから、買い物に付き合ってほしいと言う。 「何買うの? 」 「御守り」 「は? 何それ」 ひとみによれば、それは幸運のアイテムとして密かに人気があるのだとか。ネイティブアメリカンの最古の部族の血を引くという店主が気が向いた時にだけ、買う人に合わせたアイテムを選んでくれるのだが、それが評判を呼んでいるらしい。 普段そんなものに頼りそうにもないひとみが、御利益あるらしいよ、と意味ありげな顔をするので絵里奈はちょっと興味を持った。
その店は大通りから小さな路地を入った突き当たりにあった。小さな古着屋である。 ジーンズや皮ジャンなどが並ぶ、狭い店内の一番奥にそれはあった。ターコイズやシルバーのアクセサリーと、奇妙な形の色鮮やかな木彫りの人形が並んでいる。 「カチナドールと言うんだ」 いつの間に来たのか、気付くと傍らに老婆が立っていた。真っ白な髪を後ろに束ねているから老婆だと思ったのだが、顔を見ると十代の若者のようにも、酷く老いているようにも見える。 不思議な空気を纏っているこの人物が、「グランマ」と呼ばれる店の主人であった。「『カチナ』というのは『精霊』の事なのさ。カチナドールは様々な『精霊』を象っているんだよ」 店主はそう言いながら一つ人形を手に取った。 特徴的な大きな目と短く鋭い嘴、顔の両脇に木製の大きな羽根が付いている。一本のコットンウッドを削って作られたそれは、梟を擬人化したもののようだ。 「あんたは蟷螂の性を持ってるね」 人形を手にしたまま、店主は絵里奈の顔を覗き込んだ。 「毒を孕んだ言葉は魔を引き寄せる」 そう言いながら、店主は人形を絵里奈に手渡す。 「モングワはいつもあんたを見てる。毒は吐かない事だ」 訳が分からず、呆気に取られながら手の中の人形を見ていると、店主は初めて口角を上げて柔らかい笑みを浮かべた。 「受験生だろ? これは知性を司るカチナだ。あんたにあげるよ」
帰り道、ひとみは絵里奈をひどく羨ましがっていた。ひとみは人形を選んで貰えなかったのだ。もう何回か買いに行ったのだが、その度に「まだ必要ない」と言われるのだとか。絵里奈のように一見で手に入れられるのはあまりない事のようだ。 そして気分次第で代金を取らない事もある。絵里奈もまたそうだった。そういう店主の気紛れさが、「幸運のアイテム」としての評判と希少性を高くしているのだろう。 事実、この事はひとみに対してのささやかな優越感を絵里奈に与えていた。
帰宅してから、絵里奈は人形を机の横の壁に掛け、パソコンの電源を入れた。 画面には「えりぃ〜の言いたい放題」と題されたブログ。日課にしている絵里奈のストレス発散法だ。 子供が大人に意見するのをブログの主旨としていたが、実際は色々な人気ブログを訪問しては、そのブログについて言いがかりに近い記事を書いていた。それでいて自分のブログはコメントを受け付けない。自分のコメントで大人達が怒り狂う様が面白くて仕方なかった。 また絵里奈はひとみの事もよく記事にした。殆ど悪口に近い。親友とは言いながら、ひとみに嫉妬していたのだ。 運動も成績も、今まで一度も勝てた事がない。そんなひとみに対する劣等感を、絵里奈はブログでこき下ろす事で晴らしていた。 そしてこの日も、絵里奈は自分の幸運を自慢し、ひとみの運の無さを嗤った。一頻り書き散らした後で、ふと壁の人形に目が止まる。 ――毒を孕んだ言葉は魔を引き寄せる あの店主の言葉を思い出した。 「ネットだし、面と向かって口に出した訳じゃないもの。大丈夫よね」 大体、あんな小さな古着屋の店主の言う事なんて、本当かどうかもわからないし。そう自分で都合良い言い訳をして電源を切った時、階下から声がした。 「絵里奈、お風呂先に入っちゃって」 母親に促されて絵里奈は風呂場へ向かった。 脱衣所で服を脱いでいると、入浴剤の香りが鼻先を掠める。その瞬間、下腹の辺りにズゥンと鈍い痛みがあった。 「始まるのかな」 今月はちょっと早いな、などと呟きながら風呂場に入ると、絵里奈は簡単に体を流して湯船に浸かった。ほぅっと思わず息が漏れる。ゆっくりと手足を伸ばしたその刹那、ズキンッと腹部に鋭い痛みが走った。 思わず腹を押さえ、浴槽の縁を片手で掴んで体を丸める。まるで脈打つように繰り返し押し寄せる痛みに、絵里奈は堪らず湯船から出ようとした。 ――ドクンッ 一際鋭い抉るような痛みが走った。 抑えた腹部を、内部からぼこぼこと突き上げる感触が掌に伝わる。痛みが恐怖に変わった時、バサバサッという鳥の羽ばたく音がした。 顔を上げた絵里奈の前に、男が立っていた。 体にペイントを施し、刺繍の付いたサッシュを締め、手には弓矢を握っている。頭に大きな羽根飾りを付けた、大きな目の。違う、あれは飾りなんかじゃない。あれは本物の……。 「ごばっ」という音を立て、絵里奈の口から大量の血が溢れたのと同時に絵里奈の腹を突き破り、太い針金のような虫が飛び出した。男はそれを素早く鷲掴みにする。 己の腹から引きずり出され、大きくのた打つ長い虫。 それが霞んでいく絵里奈の目に最後に映ったものだった。
――バサッバサバサッ 不意の羽音に、店主は顔を上げた。音の方を見ると、カチナドールの並ぶ棚の上に今し方までなかった筈の人形が乗っていた。 店主の顔に笑みが浮かぶ。 その時、店のドアが開く音がした。 「グランマ」 声を掛けられて振り向くと、ひとみが立っている。 「おや。今日は一人か」 「だってあの子、死んじゃったんだもん」 店主の問いにひとみは笑って答えた。 「お風呂場でお腹刺されて。窓が開いてたから、変質者が侵入したんじゃないかって」 「嬉しそうだね」 店主はひとみの顔を見据えた。 「嫌いなんだもの」 ひとみは平然と答える。 絵里奈がひとみに劣等感を持っていたように、ひとみもまた絵里奈に複雑な感情を持っていた。自分の方が成績が上だとはいえ、僅か二、三点の差でしかなく、いつ追い抜かれるかと気が気ではない。家が裕福である事を鼻に掛け、奨学金で高校に通う自分をどこか馬鹿にした目で見ている絵里奈が疎ましくて仕方なかった。 いっそ事故にでも遭ってくれればいいのに。いつもそう思っていた。 「せいせいしたわ」 ひとみの言葉に、店主は徐に傍らの人形に手を伸ばした。 「あんたのが一番育ってそうだ」 「え? 」 聞き返す言葉には答えずに、店主は一体の人形を手渡した。真っ白い体に太い嘴、頭には水牛のような大きな二本の角が生えている。 「ウィハルだ。あんたにあげるよ」
店主はこれ以上はないくらいの優しい顔で微笑んだ。
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受信: 22:17, Friday, Sep 25, 2009
■講評
ハリガネムシは水辺に宿主のカマキリを誘導して溺れさせ、死体から這い出すんですよね。2回読んで納得しました。 この蟲がどのタイミングで絵里奈の腹に巣食ったのか、ずっと居たのかドールを飼って宿ったのかがイマイチ分かりづらいです。少し長くてもいいので、ドールと寄生虫の関係を明確にしてほしかったと思います。
アイデア+1 構成-1 描写+1 |
名前: もりもっつあん ¦ 00:56, Thursday, Sep 17, 2009 ×
ストーリーは面白かったです。 ただやはりある程度先の読めてしまう内容ではありましたが・・・ ドールの役割が若干分かりづらかったです。
アイデア-1 構成+1
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名前: ktbk ¦ 10:25, Saturday, Sep 19, 2009 ×
うーん、いや、悪くはないと思いますが、似たような展開をよく目にします。 カチナドールもアイテムとしてはなんだかぼんやりとした感じもしますので、もう少し、煮詰めても良かったんじゃないかなぁという印象でした。
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名前: PM ¦ 18:29, Monday, Sep 21, 2009 ×
・アイディア±0 謎のある怪しい店、というのは既に遺伝元の「紅」でも出ている程ありがちな話だが、その中では個性的な部類の話だと思った。私はありがち過ぎてそういう本を敬遠しがちな傾向にあるので、パターンが蓄積されておらず、少し点が甘いかも知れない。 ここまでなら+0.5。ただ、遺伝ルールがあるとはいえ、話の構図が「紅」をそのまま膨らませた感じというのはどうなんだろう、と思ったので、減点。 ・描写と構成+1 描写、水準をそつなく高めに満たしている感じ。特に問題はなく思える。「抑えた腹部を、内部からぼこぼこと突き上げる感触が〜」前後は嫌な感じが出ているように思う。 ただ、虫を前面に押し出すと話が崩れる、という考えでもあるのだろうか。他の方の講評を読んで分かったからいいが、実在のモチーフがあるのなら、ハリガネムシの名前ぐらいは出しておいて欲しい。どんな虫か興味を持ったら調べられるように。書かれた方は「蟷螂だの針金だのを描写に使っているんだから分かるだろう」という気持ちなのかもしれないが、そもそも生態を知らない人間もいるので。 友人関係などは極めてありがちに感じたが、ブログ「えりぃ〜の言いたい放題」はどぎつい設定で良いと思う。また、話の進行には関係ないが、やはり引きずり出した虫を店主たちがどうするのかは、気になってもやもやとする。描写をしない理由も無いと思うのだが。 構成、無駄なくスムーズ。必要事項が趣を保ちつつ、綺麗に纏まっていると思う。 ・怖さ+1 漫画の「アウターゾーン」的な怖さを感じた。理性は「こんなのありがち、大したこと無いって!」と訴えているのだが、好きだった商業作品と似た雰囲気を感じたということは、誉めておくべき作品なのだろうか。要約すると、好み? ・買っても後悔しない魅力+1 ありがちが高水準で纏まっている、という感じだろうか。私は良いと思った。ただ、前述の通りあまり詳しくはないので、書店に行って不思議な店系のライトノベル等を一冊買えば、この程度の話は沢山載っているのかもしれない。 |
名前: わごん ¦ 06:44, Tuesday, Sep 22, 2009 ×
思春期の女の子同士の複雑な感情を、巧くお話に取り込んでいると思いました。「えりぃ〜の言いたい放題」とか、いかにもありそうですし。 ハリガネムシが胎内から出てくる部分の描写が凄まじいですね。 生理を匂わすセリフで腹のどこが痛むのかが判り、そこになんと言えない厭な感じが生まれます。この話は「女」じゃないと怖くなかったと言い切れます。
*描写+1 *恐怖+1 |
名前: げんき ¦ 00:24, Wednesday, Sep 23, 2009 ×
発想0 文章0 構成+1 恐怖0 珍しい展開ではないですがうまくまとまっており、雰囲気があっていいと思います。 絵里奈が風呂場に入ってからの描写をもっと細かくやるとなお良かったのではないでしょうか。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 06:21, Wednesday, Sep 23, 2009 ×
恐怖度0 文章力0 構成力0 アイデア0 妖しい店と呪いのアイテム。オーソソックスで友情が実は憎みあっていたといのもありがちな展開ですので新鮮味はなかったですが唯一怖いとしたらこのあたりぐらいかな。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 01:11, Thursday, Sep 24, 2009 ×
恐怖 2 雰囲気 2 カチナドール、鳥をモチーフにした不可思議の存在など、北米の神話的要素が上手く絡み合わされていて、とても興味深い作品だと思います。また、人なら誰しも持っている暗い部分を怪異の中心としている事も、読む者の恐怖を効果的に引き出すと感じました。
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名前: 白長須鯨 ¦ 17:13, Thursday, Sep 24, 2009 ×
アイテムの選択はおもしろいですね。 良く勉強されていると思いました。
お話としては元ネタの紅とそのままなので、もうちょっとひねりがあると良かったですかね。
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0 |
名前: ユージーン ¦ 23:02, Thursday, Sep 24, 2009 ×
ホピ族のカチナドールと虫を巧く絡ませています。大変嫌な少女が登場しますが、まるで実在するかの如く生きいきと描かれてあります。 カチナドールは私も好きなのですが、モングワ―夜の使いですか。 言葉を弄ぶ者に訪れるに相応しいカチナだと思います。 ウィハル―人食い鬼をもらってしまった少女の末路が目に浮かびます。 次はナタスコあたりでしょうか。
発想・1 構成・1 文章・1 恐怖・1 |
名前: 三面怪人 ¦ 13:43, Monday, Sep 28, 2009 ×
カチナドール周辺の薀蓄が興味深く、また雰囲気もありました。 展開が普通といえば普通なのですが、最後に出てくるウィハルなど後の惨劇を充分予感させるもので、恐怖感という面では秀でていると思います。 ただ、これを先に呼んでお題を連想すると「人形」になりそうですね。
アイデア 1 文章 1 構成 0 恐怖度 1
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名前: 鶴の子 ¦ 19:14, Monday, Sep 28, 2009 ×
先行作品からこういう話を作り出したのは、堂に入った感があり、上手いと思いました。 伏線も構造も、とてもしっかりとしていたと思いますが、若者の残酷さやブログの別人格を因果応報の話として扱っただけでは、今の時代において少々手垢が付きすぎている感が否めませんでした。
怪集ではこの手の憎悪話に笑顔が出てくることが多かったのですが、「幸運の資格」もまた最後を笑顔で締めくくるあたり、さすがにもうこの手法は打ち止めとしてほしかったところです。 テンプレに次ぐテンプレとモチーフの古さが、せっかくの文章力を新味のある作品にできなかったように感じられました。
唯一象徴的だったのは、作中に出てくるブログというツールは、書いている本人の分身の一人に過ぎないかもしれないのに、やはりこの作品の女子学生二人もまた、偏った面からしか見ていない人物として描かれている事でした。
ブログが本人の姿そのものであるとは限らない事に気がつかれれば、もっと深みのある話が書けたのではないかなと思いますし、せっかくのブログを生かしきれていない点では勿体なかったです。 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 00:09, Wednesday, Sep 30, 2009 ×
文章が読みやすく、あまりつかえる部分もなく読めましたが、ストーリー展開はやや読み手を選ぶのではないかなあと思いました。遺伝元にはあるのでしょうが、話単体でカマキリとハリガネムシの関係、そしてそれを食らうカチナドールの因果性を読み手に任されている感じがありました。 |
名前: 籠 三蔵 ¦ 19:31, Thursday, Oct 01, 2009 ×
なんだか感想を持ちにくい話でした、文章は読みやすいのですが・・・女子高生(かな?)に対する愛情がもっとあった方が、怖ろしい話になるのでは。人は薄情なので、「死んで当然」とか「自分と無関係」と感じる対象に何か悪いことが起きても、何も感じないですから。 |
名前: 読書愛好家 ¦ 23:49, Thursday, Oct 01, 2009 ×
不安定な心情にある思春期の少女たちを殺して何になるんだー! っと初読時思いました。カチナドールというのを知らなかったので、調べてみました。勉強になりました。 ――バサッバサバサッ ――ドクンッ といった擬音は、安易に多用しないほうがいいですね。とくに――ドクンッ の方は音ではなく感覚なので。羽音についても、店主がどういう姿勢で何をしている時にそれを聞いたか、っていう風に書いた方が、意外と想像力を刺激されるんですよ。 独特の雰囲気に関して加点です。 |
名前: あおいさかな ¦ 00:45, Friday, Oct 02, 2009 ×
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QRコードの中に 潜む実話怪談

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