← |
2022年5月 |
→ |
日 |
月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
|
18 |
19 |
20 |
21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
28 |
29 |
30 |
31 |
|
|
|
|
|
深く息を吸い込んで、何処までも透明な水の中に潜る。 僕の横に居たたっちゃんが、大きな体でぐいぐいと底へ向かった。 頑張ってついていくけど、とても息が持たない。 上を見ると澄み切った水面から、あっくんの脚が突き出していた。 ぷかぷか浮かんでる足の裏を目標にして急浮上。 慌てて空気を吸い込んだ。 「やあ、きりちゃん。また負けたのかい」 あっくんが愉快そうに喋りかけてくる。 「ちぇっ、今度は勝つよ」 「いっつもそれだな」 「おいおい、あっくんは泳げないだろ、ぷかぷか浮いてるだけの癖に」 松ちゃんが上手な背泳ぎで近寄ってきて、茶々を入れる。 いつもどおりの僕らのからかい合い。 それをコウちゃんが子供をあやしながら、にこにこと眺めている。
いつも通り、だけど、今日で最後の風景。 明日から埋め立て工事が始まるんだ。
「先生、悔しいだろうな」 「うん。ずうっと反対してたって、言ってた」 僕らは夕日を見ながら、ぽつぽつと語りあった。 「子供のためにも綺麗な水辺を、って、最後まで頑張ってたんだって」 コウちゃんが背中をちらりと見ながら、呟いた。 「僕らにもごめん、ごめんって、ずっと謝ってた。 あの時先生、泣いてたんだね。目が真っ赤だったもん」 お調子者のあっくんが、神妙な顔を浮かべている。 「これから僕らは…どこで遊んだらいいのかな」 「わかんない」 会話が途切れる。沈黙を破ったのは、やっぱりたっちゃんだった。 「なあ…俺たちも、戦わないか。 先生から学んだことを、無駄にしちゃいけないと思うんだ。 先生はもういない。だから俺たちが、先生に代わって工事を止めるんだ」 たっちゃんの言葉は、僕らみんなが待っていたものだった。
時刻は午前2時を回った。 翌朝からの護岸工事に備え、高松は一人黙々と設計図を読み込んでいた。川べりの事務所には幽かにカエルの声が聞こえてくる。 ふと、反対していた教師のことを思い出す。 子供がよく溺れる危険な淵や流れが速い川を、保護しろと訴える検討はずれな男。 周囲からも無視され、最後にはたった一人で、事務所にまで怒鳴り込んできた。 「…馬鹿な男だ」 高松は呟くと、タバコとライターを取り出した。 火をつけようとして壁に貼られた「所内禁煙」に気づいた。 匂いが残るとまた面倒だ。舌打ちしながら外に出る。 月に向かって煙を吐き、自らが作った朧月夜をしばし眺めた。 「高松さんですね」 突然の声に一瞬身が縮み上がる。 振り返ると5人の子供が、こちらをじっと見つめていた。 「なんだお前ら…子供がこんな時間に、何してんだ」 「高松さん」一番背の高い子供が言った。 「あんたは、人を殺した」 吸殻が落ちた。絶句する高松に子供は続ける。 「あんたは先生を殺した。事務所に乗り込んできた先生が、この工事の不正を指摘したからだ。調査会社に金を掴ませて不利益なデータを握り潰した事実をね。上流での埋め立てが下流域の生態系や住民に与える環境を全く無視していることを先生は公式に訴えるつもりだった。ちょうどこんな月の夜だったね。あんたは優しく説得してくれた先生に襲い掛かり、首を絞めた。車で人気のない淵まで行き先生を沈めたんだ。まだ意識のある先生を石で殴りつけ、血のついた石を袂に詰めて重石に…」 「うわああああああああ!」 高松は子供の口を右手で塞ぎ、左手で首を絞めた。 自分と被害者以外知らないはずの事実を聞かされるのは耐えられなかった。 力を込めた右手に、激痛が走った。 高松は悲鳴を挙げ振り払おうとする。 が、わらわらと群がって来る子供たちがそれをさせない。 やっとのことで引き剥がす。掌の肉がドロドロに溶け爛れて、滲んだ血と混ざり合っていた。 恐怖と混乱で尻餅をついた高松の視界が、急速にかすんでいく。 「先生の脳味噌が、全部教えてくれたよ」 「僕らの名前も、僕らの危機も。僕らの特性も」 「先生の脳味噌はあんたたちを怨んでいたよ」 高松を取り囲む子供たちがじりじりと半径を狭めていく。 這いずって逃げる高松はバランスを崩し、派手な音を立てて川に転落した。 「せんせいのからだはおいしかったよ」 「あんたたちはおいしいのかな」 「あんたののうみそからはなにをまなべるのかな」 川岸に並んだ5人の影が、バラバラと崩れ落ち、正体を露にする。 もがく高松の視界がアメンボの群れに塞がれる。脚にびっしりとマツモムシが張り付く。耳の中をコオイムシが掻き回し、振り回す両手にミズカマキリが次々と噛り付いた。 悲鳴をあげようとする口に、喉に、何匹ものタガメが突進する。 水棲昆虫の群れは尖った口を突き立て、一斉に消化液を注入した。
もうすぐ夜が明けてしまう。急いで助手席に乗り込んだ。 エンジンは一発でかかった。さすが、たっちゃん。 僕らは高松から吸収した運転技術を使って、自動車で村を出ることにした。 命をつなぐのに欠かせない淵の水はペットボトルに入れて、トランクに詰め込んである。 「これからどこへ向かうんだい、たっちゃん」 「まず、高松に工事を依頼した不動産会社を潰す。大宝建設、とかいったかな」 「急がないとね。先生と高松の骨が、淵から見つかる前に」 「人間に擬態するのも、ちょっと上手くなったかも」 「うん。僕たち頑張らないと。 先生の言うとおり、子供たちの将来のために、ね」 コウちゃんは呟くと自分の背中をそっと撫でた。 膨らんだTシャツの下に息づく何個もの卵に、愛情を込めて。 バックミラーに写った僕らの淵が、どんどん遠ざかっていく。
|
■講評を書く
■ Trackback Ping URL
外国のスパマーへのトラップです(本物は下のほうを使ってください)
http://www.kaisyu.info/2009/entry-blog/trackback.cgi20090915141629
■トラックバック
この記事へのトラックバックURL(こちらが本物):
http://www.kaisyu.info/2009/entry-blog/blog.cgi/20090915141629
» 【+2】ジュブナイル [もけもけ もののけから] × うん。考えられていますね。子供の台詞がちょっと読みづらかったのが残念。(ひらがなにそこまで拘る必要もないかと。途中で饒舌に話し縺... ... 続きを読む
受信: 16:32, Wednesday, Sep 16, 2009
» 【+3】ジュブナイル [せんべい猫のユグドラシルから] × なんだか応援したくなりますね(^^; うまいこと正体をカモフラージュして話を進め、そして愚か者はしかるべき罰を受ける。 まさに�... ... 続きを読む
受信: 17:57, Friday, Sep 18, 2009
» 【+1】ジュブナイル [日々、追憶…から] × あぁ、なるほど、と。復讐劇をうまく練り込んだ感じです。ただ、一人の子に事件の真相を長々と話してしまうのは勿体無い印象です。(前... ... 続きを読む
受信: 19:23, Saturday, Sep 19, 2009
» 【+2】ジュブナイル [峠の塩入玄米茶屋/2009から] × これはよく練り上げられている。勧善懲悪な内容が胸をスッとさせてくれる。上手くミスリードされていたおかげで、子供の正体がギリギリまで明かされず、どう展開していくのかと期待してなかなか楽しめた。途中、子供の一人に長々と真相を語らせてしまったのがちょっとリ .. ... 続きを読む
受信: 22:02, Monday, Sep 28, 2009
■講評
確かに水棲昆虫出てきてませんでしたね。 捕食時の特性や環境問題をうまく取り入れていると思います。 タイトルのわりに前半の遊び・およびラストの旅立ちの描写が甘いのが残念。
アイデア+1 描写-1
|
名前: もりもっつあん ¦ 01:11, Friday, Sep 18, 2009 ×
発想0 文章0 構成+1 恐怖0 虫たちの攻撃力に難があるような。 高松を殺すシーンはもっと詳細にしつこくしたほうが、子供たちの無邪気さとの対比で恐怖感が増したかもしれません。 |
名前: 戯作三昧 ¦ 19:02, Tuesday, Sep 22, 2009 ×
なるほど。 よくある復習劇ですが、よく練られていますね。 ただ、最後の締めの部分がなんだか淵との永遠の別れを暗示しているように見えて、なんだかややこしくなってしましました。 最後だけ、もう少し練りが必要だったんじゃないかなぁと思います。
|
名前: PM ¦ 20:26, Wednesday, Sep 23, 2009 ×
何と言いますか、虫版必殺仕事人っぽい感じの作品ですね。 ウラを握っている子供達が、高松らを始末に行く話といいますか。 仕事人風の展開に擬態を絡ませたアイデアは面白くて工夫があると思うのですが、姿が早々にバレてはいけないのでこの急展開にされたのかなという感じがしないでもなかったです。
トラックバックでは高評価もありますし、たぶん好きな方には堪らないのかもしれませんが、作品の長さに対してやや展開が急ぎすぎかなと思いました。
アイデア・1 |
名前: 気まぐれルート66 ¦ 20:28, Wednesday, Sep 23, 2009 ×
+1.5を四捨五入 ・アイディア+1 水場の虫を使おうとした、その一点のみで。 埋め立て工事絡みの揉め事、虫の擬態した子供たち、は、ありがちだと思った。冒頭の子供達=実は虫でした、という展開も、あまり効果的には使えていないように思える。 ・描写と構成+0.5 描写。ミスリーディングの誘い方が出来ていると思うので加点する。 構成。可もなく不可もなく。 細かいこと。先生の脳味噌が教えてくれた「僕らの特性」とは、人間に擬態することだろうか? この世界の虫は全て擬態できる? それとも淵の虫だけ?(「命をつなぐのに欠かせない淵の水」に秘密が?) そこら辺を軽く説明しておいてくれると、もやもやを感じなくて済む。
・怖さ±0 ダークな冒険小説的雰囲気はあると思うが、怖くは感じなかった。 ・買っても後悔しない魅力±0 水場の虫を使っている、という希少価値で加点しようかと思ったが、特にモチーフの特性が話の中核になっているようには見えなかったので、やめた。話自体は普通に感じた。 |
名前: わごん ¦ 23:49, Wednesday, Sep 23, 2009 ×
恐怖度0 文章力0 構成力0 アイデア0 何だか子供じみたお話の復讐劇っぽく感じて恐ろしい感じはあまり受けなかったです。とてもオーソドックスな話の進み方なので、よみやすかったとは思います。 |
名前: 妖面美夜 ¦ 13:39, Friday, Sep 25, 2009 ×
牧歌的な冒頭とタイトルで、ついうっかり普通に読み進めてしまいました。
>掌の肉がドロドロに溶け ここでアレ?と気付き、そこからの急展開に一気に乗って読むことができました。違和感もなく、勧善懲悪的な流れが心地よかったです。 しかしオチの一文が、なんとなく彼らの行く末が明るくないように暗示されている気がして、そこが心に残りました。
*構成+1 *文章+1 |
名前: げんき ¦ 01:21, Sunday, Sep 27, 2009 ×
文章1 技巧1
最後まで子供の無邪気さが全面にあり、 読んだ直後より後から気付く勧善懲悪的な爽快感に、 世界観がしっかりしているブレがない文章だからだと思い至りました。
その、わざとらしさを見事に消し去った技巧がすばらしかったと思います。 |
名前: ほおづき ¦ 21:47, Monday, Sep 28, 2009 ×
単なる勧善懲悪に陥らない視点が素敵です。 暗い未来を予想させるラストも美しい。 ただ、会話部分が少しもたつく気がします。 >「やあ、きりちゃん。また負けたのかい」 あっくんが愉快そうに喋りかけてくる。 「ちぇっ、今度は勝つよ」 「いっつもそれだな」 「おいおい、あっくんは泳げないだろ、ぷかぷか浮いてるだけの癖に」 登場人物の紹介を兼ねた台詞でしょうが、不自然さは否めません。
発想・1 構成・1 文章・0 恐怖・0 |
名前: 三面怪人 ¦ 00:44, Tuesday, Sep 29, 2009 ×
子供の体格を形成できるくらい大量に希少種の水棲昆虫がいるのかというツッコミどころはあるものの、うまく仕掛けに引っ掛かって驚かされました。 よく練られていると思います。
アイデア 1 文章 0 構成 1 恐怖度 0
|
名前: 鶴の子 ¦ 11:55, Tuesday, Sep 29, 2009 ×
巧いですね。 手慣れた感じでさらっと書かれていて感心しました。
ただ、高松の死ぬシーンはちょっとバタバタした印象でしたかね。 この辺をもうちょっとじっくりと落ち付いて書いて欲しかったかな。 それだけの実力があると思うので。
ラストシーンはすごく良かったです。 水生昆虫の卵のあの気味悪さって言ったら無いもんね。やっぱり。w
【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】+1 |
名前: ユージーン ¦ 21:29, Tuesday, Sep 29, 2009 ×
物語の構成に独自のものを感じさせます。ただ、どこか物凄くストレートに物語が突き進んで行ってしまったというか、単に死体を食べて記憶をコピーできるなら、死体を食べたハエやシデ虫は本当にそうなってしまうとか、水生昆虫たちがどうして擬態を身に付けられるようになったのか?とか、そのような疑問符?の方が脳裏で先走って物語に移入し切れませんでしたので、申し訳ありませんがこの評価で。 |
名前: 籠 三蔵 ¦ 23:37, Wednesday, Sep 30, 2009 ×
ちょっとパターンかもしれませんが、悪事が露見するのは本当に怖いですよね。 それを虫たちと絡めた腕前に感心しました。 |
名前: 読書愛好家 ¦ 20:46, Thursday, Oct 01, 2009 ×
長老の遺体を食すパプワニューギニアの儀式を思い出しました。しかしどのタイミングで食べたのかと。先生は行方不明扱いで発見されていないということかな? あと>掌の肉がドロドロに溶け爛れて というところで引っかかりました。「溶け」、ていうのが。子供たちに引き剥がされたときに傷だらけになった、ていうシーンだとは思いますが……。 |
名前: あおいさかな ¦ 01:22, Friday, Oct 02, 2009 ×
|
|
QRコードの中に 潜む実話怪談

|
■■■ ◆◆◆
|