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男の森の小裸-6
男の森の小裸――5から)

    7
 伊鹿和了が目を覚ましたのは、天井と床以外は全面ガラス張りの部屋の中でした。
 手足は椅子に拘束されていて、体どころか頭さえ動かすことができません。背凭れと一体化した自在鉤が頭と首を、棘のある数本の爪でつかんでいたからです。勝手に頭の向きを変えようとすれば頚動脈が切断され、頬がえぐれ、目に針が突き刺さるのは確実でした。
 全面のガラスと見えたのはマジックミラーでした。隣の部屋の内部が、拡大されたように隅々まではっきりとよく見えました。
 向こうからこちらが見えないようになっているのがなぜわかるかといえば、正面の部屋には九十度近く傾いてこちらに腹を向けた解剖台が据え付けてあり、そこに小裸が磔にされていたからです。小裸の目は正面を向いていたのに、全然彼を見ていませんでした。マジックミラーでないならば、そんなことは起こらないはずです。
 小裸はそれがもはや常態となったかのように素っ裸でした。
 椅子は昇降機に乗っているらしく、ゆっくりと上下に移動します。もがいても、人の体がふれる部分が革張りの他は金属製の頑丈な構造で、ちょっとやそっとの力ではびくともしません。
 伊鹿の後ろに立っていた男が、前へ回って姿を現わしました。靴音は全くしません。
「ようこそ、と言うのは場違いでしょうな」
 男は細くつりあがった目をことさら細めて、愛想よく笑いかかけました。
 中国人には珍しい天然パーマの長髪が、白衣より男の姿をいっそう異様なものにしています。
「では挨拶ははぶいて、さっそく状況を説明しましょう。青蓮閣のルールを破ったものは処罰されます。不始末をしでかしたお客さまは、ふつう、全身の体毛を剃ってしまうのですがね。ほら」
 と男は指さして、リモコンのスイッチを入れます。伊鹿の頭をつかんでいた自在鍵が動いて、椅子ごと首を右に向けます。
 思わず目を閉じようとすると、瞼にバチッと電撃がはしり、瞼は瞬間的にまた開きます。彼は目を閉じることができないのでした。
 隣の部屋を見ると、マジックミラーの向こうで、泣きながら小澤アリアが頭髪と眉と陰毛を剃られているところでした。
 防音になっているので、悲鳴も何も聞えません。
「眉は描けばいいですし、髪の毛はかつらをかぶっていれば、そのうちにまた生えてくるでしょう。でも陰毛は永久脱毛します。お仕置きですからね」
 男が言うには部屋はどの部屋も同じような造りで、中央にある昇降機が解剖台や椅子を乗せて上下し、舞台装置と小道具をいれかえ、人は階段を使います。
 マジックミラーの偏光を変えることで、こんどは逆のサイドが観察場所になる仕掛けでした。
 昇降機で運ばれるのはもはや人間ではない物というわけです。
「ご安心ください。鞭打ちも、市中引き回しもありませんから。そんな野蛮なことは、とんでもない。これ以上は何もいたしませんよ。事の重大さにかかわらず、お客さまに対する処罰は体毛を剃るだけです。確かにあんまり悪質な行為の場合、男ですと、陰毛を焼いてしまうなんてこともありますがね。なあに、ごくたまに。ほんの一、二度あっただけですよ」
 アリアは拘束されてはいず、脅されておとなしくしているだけでした。
 腕を上げろといわれれば腕を上げて腋を剃られ、頭を突き出せと命じられれば頭を下げて髪の毛を剃られました。
 陰毛は永久脱毛ですので台に上って、機械に向かって脚を開きます。レーザーで毛根を焼ききるのです。機械は傷を残さないように、しかしわざと痛みと苛立つような刺激を与え続けるように絶妙な調整がなされているのでした。

「あなたは外交官なので何もいたしません」
 男はきっぱり言いました。
「外交官は丁重に扱うことになっています。いえ、そうでなければなりません」
 椅子がゆっくりと回転し、真後ろの部屋が見えると、そこには犬に食われたようにボロボロになったB優の死体が天井からフックで吊られています。部屋は薄暗く、誰もいません。すべてが終わった後のようでした。男は説明をはぶき、無視しました。
 回転はそこでは止まらず、彼にはどうしようもありませんでした。
 男が、「外交官は丁重にお迎えいたします」と言って示した左側の部屋では、上海総領事・珍家聖子が、はちきれんばかりの体を包む郵便ポストのように真っ赤なスーツを脱ぎ捨て、黄色いバラの花冠を頭にのせただけで接待を受けていました。
 部下の不祥事(伊鹿和了三等書記官のとった行為のことです)が問題になって、わざわざ謝罪に青蓮閣を訪れたのでした。
 総領事は裸で、ベッドに横たわった少年にまたがっています。
 全身の脂肪をぶるぶる揺らし、感きわまって泣きながら、股をひらいて、凸凹とセルライトが隆起した巨大な腰をふると、馬の尻尾のようにふさふさと繁った尻毛が蝿でも追いそうに左右にゆれます。

 一人の少女が珍家聖子の汗まみれの背中をさすり、乳房にかじりつき、わき腹を舐め、首筋や二重顎を刺激して、必死に奉仕していましたが、それは樹理でした。すると下にいるのは玉早かも。あるいはそうでないのかもしれません。足の裏で少年を見分けるような芸当は、伊鹿にも持ち合わせがなかったのでした。
 総領事は悦びのあまり泡を吹きながらも、樹理の尻をちぎれるほどつねって、苦痛で躍り上がらせます。
 ぶくぶくと醜く太った自分に比べて、あまりにも細くて未熟な樹理の柳腰をうとましく感じていたため、無意識にやったことでしょう。痙攣し、突っ伏して、そのまま失神してしまいました。
 椅子が一回転すると、男は正面で待っています。
「一瞬だけあなたの姿を見せてあげましょうか」
 手足を大の字に広げて解剖台に縛られ、うつろな眼差しで、鏡に映ったむきだしの自分と対面して、少しばかりとまどっているらしい小裸を見て、男は言いました。
「ミラーの設定を変えるのは簡単ですよ」
 男はさほど自慢そうでもなく、説明しました。
「幻だと思うか、第一あなただと判別できるでしょうかねえ」
「そんな。残酷なことはやめてくれ」
 伊鹿は懇願しましたが、男は笑うだけです。
 リモコンに置いた指を弾きます。
 部屋が暗くなったと思ったのは、向こうが見えなくなったからでした。
 ふたたび部屋が明るくなると、鏡の向こうの小裸の表情は一変していました。
 それをよろこんでいいのか、悲しんだらいいのか、伊鹿にはもうわかりませんでした。

 男が言うようにこの特別な特別室は中国国民の、他人を苦しめることに関する第一級の技術と残酷、執拗さのたまものでした。
 小裸のわくわくした顔と、絶望と、紅潮した頬と、蒼白な唇が、めまぐるしく入れかわる表情を見るにつけ、そう思わずにはいられません。
 ときに解剖台の拘束をひきちぎるばかりに身を躍らせ、ミラーが光の透過を変えるたびに意気消沈し、悶え、苦しんだかと思うと、目を閉じてほほえみ、次の瞬間には白目を剥く。そしてまた、すべてを忘れたように目を開く。そのくりかえしでした。
 小裸は見る間に衰弱してゆきました。
「やめてくれ。お願いだ」
 男は笑顔を絶やさず、落ちついてスイッチをあやつります。
 用意周到と機知縦横が渾然一体となった民族精神の精髄を見せつけるつもりなのでした。
 さすが中華四千年。無駄に万里の長城を築いただけのことはあります。
「残念ですが、小裸は処分されます。人に幻を見せる力は危険ですからな。ぶっちゃけ革命なんか起されちゃ、たまったものではありませんよ」
 男は言いました。
「どんな構成も策略も、禁止も、呪縛も、人が見る幻の前では雲散霧消してしまいます。おわかりですか? わからん話でしょうな。革命を夢みたことも、圧制を望んだこともない、なりゆきにまかせて、何事にも唯々諾々として従うばかりのお国の方には」
 男は首をふって天然パーマの長髪を顔の前からはらいのけ、少し満足したようでした。

「先ほども言いましたが」と男は続けます。「あなたは外交官なので危害は加えません。ですが、小裸の処刑を見ていって頂きましょう。おつらい気持ちはわかりますが、これが規則なもので当方としてもいたし方ないところです。あなたには近く国外退去の処分が下されるでしょう。なあに、心配なさいますな。戦犯ではないんですから無事お国へ帰れますよ」
「そんなのは、片手落ちだ」
 伊鹿がかろうじて動く口を開いて抗議すると、
「だいじょうぶ、心配なさることありません」
 男はニコニコしたまま、
「両手両足を切り落とすまで、ちゃんと生かして置きます」
 と見当ちがいな答えをかえしました。
「まさか代わりに俺を殺せ、なんて言わんでしょうな。そんなに死にたいわけでもないでしょうに。御覧なさい。あのレポーターは死なずにすんで、随喜の涙を流してます」
 と言って、男は小澤アリアのいる部屋を指しましたがリモコンの操作を忘れたので、伊鹿は何も見えません。
「美しい胸を涙で濡らす。これがマスコミの真の役割ですよ」
 男は陶然と眺めやります。
「なすすべもなく茫然とたたずむばかり。おや、見えませんか。これは失礼。いや、でも見る必要もないでしょう。たっぷり一晩楽しんでんですからね。女なんて一度抱けばあとは同じだ。それ以上美しさがますわけでもないし、飽きがくるだけね。それよりは、仕事優先。あなたには小裸だけを見ていてもらいましょう。え、我々の仕事ですか? これはマスコミ対策にかぎったことではありませんが、もっと全般的な意味で言って、そうですね。生殺与奪を弄ぶこと、でしょうか。この仕事では快楽と義務、勤勉と怠惰は不即不離です。ところで、好奇心から訊くんですがね。あなたは小裸のどこに惚れたんですか?」
 男はしばし考えたふりをして、それから厳かに言いました。
「もしやわかるかもしれません。解剖してみれば、幻を見せる力の秘密がね。なぜ彼女が幽霊を、いえ、失礼しました。もとから存在しない死者たちを、幽霊とは呼べませんな。どうして大勢の人々に同時に同じ幻を見せられたかが、判明するやも知れません。むろん彼女が死んでしまったら、謎は解けないでしょう。だから小裸はちゃんと最後まで生かして置きますよ。生きているうちに、できるだけ長い時間をかけて、詳細に調査することをお約束します。貴重な財産である少女の死を無駄には使いませんからご安心召され」
 男は話し続けます。
 伊鹿は小裸の姿を瞬きもせず(今はまた瞼を閉じようとすれば閉じられました。これから起こることに配慮して、無駄に目を疲れさせないためでした)見つめていました。
 ということはまた、小裸は彼が見えないのでした。
 夢中になりすぎたのか男の話す日本語は、少々たどたどしくなっていました。
「生体解剖する間、小裸が死にもせず、失神して楽にもならないように、うまくやります。われわれの技術。とても凄いです。あなた、ご存知の通りね。あなたにはこれから、小裸の処置を見守っていただく。各部分を順番に提示しますので、切られた指、抜かれた歯、濡れ濡れ目玉、脈うつ心臓が、確かに小裸のものか、おなじ日本人として、ご確認ください。お願い。おわかりと思うことですが、目を逸らすことはできません。あなた、小裸から目が離せない。意志の力で肉体を制御しようなんて、土台無理な話。電気ショック、ビリッときます。さっきよりもっと強烈。目はつぶれない。あんまり逆らうと、心臓止まってしまうから、お気をつけ」

 男が言葉を切ると、いかにも中国人好みのだらしなく太った処刑人が(解剖人といっても同じことですが)、ミラーの向こうに姿を現わしました。
 上半身は裸で、足にはサンダルを突っかけているのみです。短い木綿の下穿きが肉蒲団深くくいこんで、腹の贅肉はへそを隠していました。顎は二重三重にたるみ、血色のいい頬はぷっくり膨れ、厚顔に終始無恥なほほえみをたたえ、どこかで見たことがある、と思ったら処刑人は(屠殺屋といっても同じです)驚くほど毛沢東にとそっくりでした。
 小裸の解体作業が始まります。

 一週間後、見る影もなくやつれた伊鹿和了が日本に送還されました。


(文中には現在の人権意識に照らして不当・不適切な表現がありますが、作品の性質上、明確な目的を持って使用されています。たかだか「現在の人権意識」の問題でしかない事柄は気にしなくて結構です)



(了)

【事務局注】
この作品は、送信された作品ファイルサイズが非常に大きく、1エントリ分で作品全てを表示することができないため、事務局側の判断で複数エントリに分割していますが、全て合わせて単独の一作品として応募を受け付けた作品です。
このため、先頭エントリ部分のみトラックバック/コメントを受け付けるとともに、先頭以外のエントリではトラックバック/コメントを受け付けないようになっています。
これはエントリーblogのCGIの仕様上の制限に基づく特別措置であり、「男の森の小裸-XX」を全て合わせて1ファイルの単独作品であるとして、先頭エントリ部分にのみトラックバック/コメント講評を頂戴いただけますようお願いします。

なお、正式タイトルは「男の森の小裸」で、XX部分の数字はエントリ分割に伴う、事務局による補足的なものです。

23:00, Tuesday, Sep 15, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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