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ふゆ苺の世界
1.

 吹きすさぶように鳴っていたケトンが急に音を止めた。
 列車はきのう山を越えてから、同じ平野を走っている。
 地には一本の草もなく、何もない、遙かな地平まで、凍結の裳裾を広げている。空は空で、押しつぶすようなぶ厚い雲が、何もないまま地平と触れ合っている。
 居住用貨物コンテナの窓辺で、ユカバは目を覚ます。
 一階とロフトだけの正方形の内部。ロフトのソファから見下ろすと、誰かが、ストーブからケトンを外していた。
 相変わらず、必要物資しかない。外部から施錠された扉。その横の、食料を届けるための小窓。寝台と水場、円筒形のストーブ。
 ライムグリーンのケトンは、ユカバが持ちこんだ物だ。
「......誰?」
 膝かけから手を出しながら、相手に問いかける。
 鼠色の古びた外套を、頭から足の先まですっぽり被っている。
 雰囲気で若い男だと分かるが、少年とも青年ともつかない。
「君以外、みんな死んだよ」
 彼は、少しだけ顔を上げた。白い顎と、青ざめた唇が見えた。男の子だ、とユカバは思った。同い年くらいの。
「君はどうするんだい?」
 無人で制御されるこの貨車に、百五十余人が乗りこんだ。小さなコンテナを割り当てられて。ユカバが一人用を割り当てられたのは幸運な出来事だ。敢えてまだ、物事を幸か不幸で見ようとするならば。
 だが口ぶりからして彼は、自分と同じ立場の人間でもない様だ。
 少年が顎でしめす先は窓辺。
 テーブルに、茶色い小壜が置かれたままである。

 もはや遙かなルモイの都。
 森林限界を越す高山に、堅牢な壁で守護された、透き通る要塞都市。
 内部は一切の虫を排している。改良されたバクテリアや、人工微生物が、虫と同じ働きで人間の生産を助けていた。
 ルモイ要塞都市には二つの意義があった。
 人間側の同盟世界と通じる『穴』を死守すること。ルモイを支える人工微生物の技術は、この穴の向こうからやって来た。
 そして虫側の世界から開く『穴』を観測し、叩き潰すこと。
 人の世界と虫の世界は対峙する大樹であるらしく。それぞれが強者たる世界では、一方が弱者として屠られている。どちらの大樹も、それぞれの枝葉の住民たちが行き交って交流し、『穴』を形成して相手の大樹を攻め滅ぼしにゆく。
 だがルモイを陥れた危機は、直接の侵略ではなかった。
 守護する穴の向こうの世界が、虫の帝国の侵攻で滅ぼされた。防衛のため、直結する『穴』を完全封鎖。折りしも直後、人工微生物の統制にまつわる事故が起きる。ルモイの技師たちは、穴向こうの故郷で死んでいった。代替品の補給も不可。周囲は完全に虫に包囲されている。
 何がっても、絶対に内部の様子を知られるな――。
 通達があり、間もなく通信基地が蹂躙を受ける。
 その敵軍は滅ぼしたが、戦闘の消耗は大きかった。
 食糧生産も、下水処理もままならぬ。庶民には何の情報も入らぬまま、ルモイに二年が経つ。

「君は悲しんだろう」
 少年が言い、フードを外す。黒髪と肌の色を見て、同じ人種と理解する。
「――割り札に書いていい名前は、自分以外のものを一人だけ。選挙権は今日生まれた赤子にまで与えられたのに、誰も君の名を書かなかった」
「おじさんは、私の名を書くと言った......」
「そう。でもあの夫婦は謀ったんだ。札に互いの名を書いた。そうすればきっと、誰も君の名を書かないと思っていた。――そして、事実そうなったわけだ」
 口減らしが始まると聞いたのは、二年目の春だった。
 選挙をする。各管理区内で、不要だと思う人間を選べ。事前に話し合うことを許す。
 さすがに反発があった。
 夏に、こういう形で案が出された。
 選挙をする。各管理区内で、必要だと思う人間を選べ。事前に話し合うことを許す。
「選ばれなかった人間は......」
 回数を分けて都市から送り出す。遥か北の不毛の地へと。
 ユカバの順番がまわってきた時、真冬になっていた。
 列車は決して早くない。コンテナの人間たちの眠りが安らかであるように。静かであるように。
 選ばれなかったゆえ選ばれた者への、せめてもの優しさかもしれない。
 夫婦はユカバを呼び、こう言った。閉店後の、二人の仕立て屋で。二人はミシン台に座り、ユカバに選挙の結果を告げた。
 すまなかった。俺の母がね、病気で一人きりなんだよ。他に誰も書きそうになかったんだ。でもお前は大丈夫だと思ってた。ダレダレと仲良しだっただろ? ダレダレとも仲良しだっただろ? ......。
 ユカバは抵抗しなかった。
 恐ろしくて眠れぬ夜もあったし、恨まなかったなどとは言わない。
 だがここで他人にしがみついて生きて、何になると言うのだろう?
 ちなみに仕立て屋の母も『選ばれて』おり、彼は愛人の名を書いていたのだと、その後偶然知った。

「貨車の行き先は知ってるだろ?」
「ええ」
 名も知らぬ少年の、まだ僅かに幼さを残す縁取りの目に、少女はロフトから頷く。
「『大断裂』に行くわ」
 唐突に大地を分け隔てる谷があり、地面はそこで終わる。底を見ることなど叶わず、対岸を目視することさえ不可能。足もとに広がる果てしなき闇。人類は長らく『大断裂』こそこの世の果てと信じてきた。
 コンテナは全て大断裂の下へと廃棄される。
 処刑で突き落とされた大昔の人間たちの骨が、あるかも知れない。ユカバは思っている。当然日の光など届かない世界だけど。
「――なぜ、君はその壜に口をつけない」
 ユカバの前のテーブルには、白い皿と壜がある。皿には齧りかけの苺。赤ん坊の頭部ほどもある。それが一日の食料。
 壜の中に毒薬。
「苦しまない、てのは本当だよ。少し時間はかかるけどね。のんで二、三時間もすれば、眠気がきて、安らかに死ねる。その間は怖いかも知れないけど、みんな納得した死に顔をしている......」
「のまなきゃダメって決まりがあるの?」
 悠然とユカバが言い返すと、少年は不審気に眉根を寄せた。ユカバは微笑を浮かべてみせる。
「君はそういう風だから、名前を書いてもらえなかったんじゃないのか?」
「それより私は信じてるもの」
「何を?」
「未来を、よ」
「この列車の未来は一つしかない」
 少年の声に侮蔑がまじる。
「だが君にはせっかく二つの未来がある。一つは永遠の暗闇を目撃し、そこに落ちていくことを自覚しながら死ぬ未来。もう一つは壜をあけ、眠りの夢の中で死ぬ未来」
「それだけじゃないわ」
「それだけだろ?」
「そんなの、分からないじゃない!」
「ほう?」
 ユカバはまなじりを吊り上げて、少年を睨み付けた。
「私、ずぅっと前にも同じこと思ってたわ」
 少年は黙って、先を促している。
「――私、娼館で働かされてたから。十歳の時からよ」
「そりゃあ、心底絶望しただろね」
「ええ」
「王子様が助けてくれでもしたのかい?」
「ええ、ええ。その通りよ」
 自信たっぷりで頷くユカバに、少年は短い笑いをこぼした。
「ちゃんと白馬に乗っていたかい?」
「いいえ。立った一人で乗りこんできたわ。真っ正面からね。銃と剣で武装して、娼婦たちを次から次へと殺して回った」
「それはご立派な王子だ」
「虫を狩っていたのよ。虫に乗っ取られた人間たちを。すきま風のような薄い剣を右に左に振り払うと、底意地悪い女たちが、バタバタ倒れて死んでったわ」

2.

 わたしを殺しに来たんじゃないのかと、ユカバは男をなじった。三十前くらいの青年で、きれいな顔立ちだった。彼はユカバにしがみつかれて、ひどく気まずそうな、迷惑そうな顔をした。
 ユカバは混乱に乗じて、その男と逃げ出したのだ。
 連れて行け。でなきゃ、騒ぐぞ。私をここに置き去りにしたら、すぐに人を呼ぶぞ。
 彼は身元不明の殺人者として扱われた。
 人を乗っ取るという虫の手口は、当時あまり知られていなかった。あの娼館を中心に、寄生虫が広まりすぎたと、男は話していた。
「いいから、そのピアスを寄越せ!」
 と、その話に返事した。その時の男の表情は、未だに忘れられない。彼は、小さいが高級そうな、緑の石のピアスを耳につけていたのだ。
 大事なものだから駄目だと言われて、ユカバはムキになった。
「だったら金を出せ!」
「生憎ない」
「私、結構高いんだぞ! それをこんな夜中まで連れまわして、タダですむとは思うなよ!」
 お前が勝手について来たんだろう。嫌なら帰れ、と言われれば、返す言葉がない。
「おまえ、男娼だろう。だからそんな物をつけてるんだ」
 負け惜しみを言った。
 殴るだろうと思った。
 大人とは、男とは、見てきた限りそういうものだった。
 だが彼は、「何を言い出すんだコイツは」という目で呆れているだけだった。そして彼は、絶対に、ユカバにべたべた触ったり、見たりはしなかった。

「その男の名は?」
「知らないの。教えてくれなかった」
 ユカバの目には、恍惚とした光が宿っている。
「不思議な人だった。結構長い間、一緒にルモイまで旅をしたの。私が知らない町や国や、世界のことを話してくれた」
「別世界の人間だったのかい?」
「ええ。きっとルモイのあの穴を通って出て行ってしまったんだわ」
「消息は知らないの?」
「何も。私はルモイの市街で高い熱を出した。あの人は私を抱えて医者につれて行ったわ。異次元為替を医者に渡して、それきり帰って来なかった」
「つまり置き去りにされたわけだ」
 膝の上で手を重ね、遠い視線を窓に向ける。遠くなら、ここでは好きなだけ見ることができる。
「あの人は、世界を救う旅をしているの。今もしているのよ」
 少年は、一階で、無言のままでいる。
「......ある時私はこう言われた。『俺たちは、現世にあって、少しでも明るい未来を想像しなければならない』
 ......『信じなければならない。時は、人間に優しいことを。未来はきっと明るいことを』
 ......『信じる義務がある』」
 ユカバは唇を閉ざした。
 貨車の静かな走行音は、見えない水面のように、コンテナの空気を揺らす。
 雲がさっきよりずっと黒い。
 土の割れが大きくなっている。
「私の未来を決めるのは、私の現在の想像力よ。何年先のことだって、一時間後のことだって」
 ユカバの手が小壜をひったくった。それを一階に投げつけると、少年の頭上をかすめ、ドアに当たって砕けた。
「他人に自殺を唆される筋合いなんてないわ!」

3.

 ルモイの人々は噂する。
 あの断裂は『穴』じゃないかと。
 もちろん、そうじゃない事実は、とっくの昔に証されている。
 だけど、そうだろうか? 今の技術じゃ観測できないだけじゃないか? ほんの数十年前の人間は、虫が攻めてくることだって、枝分かれした世界のことだって、何もしらなかったじゃないか。
 もっと、別の世界があるんじゃないか?
 虫とも人とも関係ない、まだ見ぬ未知の世界が。
 もっと大きな世界の秘密が隠されてはいまいか――。

 ――それが何だ。
 世界の秘密が人を救うか。
 捨てられた人間の為の理想郷が、あるとでも言う気か。
 罪悪感? それだけじゃない。彼らは予感しているのだ。
 いずれ、自分が自分をこの場所に捨てに来ることを。
 理解しているから。

「引き出しを開けてみたかい?」
 少年が問いかけた。
 テーブルには引き出しが一つ。
「ええ」
「双眼鏡が入ってたろう」
 ユカバは、金メッキの把手を引く。筆記具や手鏡と一緒に、小ぶりの双眼鏡が縮こまっている。
「そろそろ見える頃だと思う。大断裂の周囲にはね、同じような深ぁい穴が幾つも開いてるんだ。規模こそだいぶ小さいけど、それが見えるはずだよ」
 鼓動が一拍ごとに高まるのを感じながら、双眼鏡を手にとる。
 目に当てて、窓を見た。
 暗い雲。漏れさすベージュの光。
 ゆっくり地平線におろしてゆく。
 黒い、色が見えた。ユカバは立ち上がった。

 黒い。
 黒い。
 水になってこぼれた宇宙。
 永遠の暗黒。
 その色から目を離せない。
 列車に沿うように、遠い地面が裂けている。
 その向こう岸が見える。
 地面があり、その当たり前が、いきなり終結するだの。岸は明るい。上のほうはまだ光がさす。その光が見えなく、見えなくなって、下は完全な闇。
 ざざっ、と寒気が全身を舐めた。ユカバは大声を上げて双眼鏡を投げた。
「怖くなんかないッ!!」
 双眼鏡は一階に落ちた。それを拾い上げながら、少年が負けないくらい声を張り上げる。
「想像力が君を救うか? だったらやってみたらいい! このコンテナは今日の陽がある内に大断裂に到着する。君はこのコンテナごと、さっきよりうんとうんと果てしない漆黒の闇に放り出されるんだ!」
 ユカバはぎゅっと身を強張らせる。
「さあ、想像してごらん。コンテナの中は滅茶苦茶になる。君は階段の手すりにでもしがみつくだろうけど、そんな力じゃかなわない。
 窓が割れて、君は放り出される。
 そしたらついに君一人だ。他のコンテナの死体のお仲間さえ、君には見当たらない。つかまる場所もない。
 真っ暗闇の中を延々と墜落していくのさ。
 何も見えないし、とても寒い。体の感覚がなくなるから、上下左右も分からない。
 空気の抵抗が強いから、きっと硬い石床にでも押し付けられているように痛いだろう。
 だけど君は意識を失うことができない。本当はもうとっくに死んでいるからだ」
 叩きつけるように少年は言う。
「それが闇を見るってことだよ。そこに落ちていく身体を自覚するということだ。馬鹿なことをしたね。さっさと死んどけばよかったんだ」
「ちがう」
 反射的にユカバは答えていた。
「それは違う、死ぬのは正しいことじゃない!」
「最後の最後で王子様が助けにくることを期待してるんじゃないだろうね。ソイツも悪い男だね。無関係のガキ巻き添えにして、理想論吹きこんでポイだもんな!」
「そんな期待はしてないっ......違う」
 ユカバは夢中でかぶりを振る。
「......花よ! 花がはえているわ!」
 思い付きを口にした。遅れて想像を始める。
 深い闇。どこを見ても黒ばかり。
 だけどある時光が見えるのだ。
「花......赤い花、咲き乱れる真っ赤な花。花びらが私を受け止めるわ。そしたらその花びらを、掘って掘って進めばいい! そしたら穴を抜けるように、逆さの世界に出れる。青い空と草原があるわ! 虫たちがのびのびと飛びかってる。人も草原で家畜を飼って平和に暮らしてる。みんな戦いで死んだり穴に落ちた人や虫よ!」
「本当にあると思うのか?」
「それでも想像し続けるの! その想像を信じてれば、私はいつまでだって落ちていける!」
「もういいよ、タネ明かしだ」
 少年が深いため息をついた。
「結論から言うよ。人類はついさっき永遠へと退行した」
 ユカバは叫ぶのをやめ、目を見開く。言葉の意味を理解できず、少年の真剣な眼差しを見つめる。
「永遠(とわ)への退路が開かれた。人類は虫の世界に対して、派兵されている虫ごと閉じられた。まずはそいつらを殲滅し、虫の世界への戦略を練るだろう。ここから先のお話は、せいぜい君の想像の足しにするといい。聞くかい? さっきの赤い花の話以上に馬鹿げて聞こえるかもだけど」
「聞かせて!」

「君が出会った男は多分、僕の同胞だね。でも仲間じゃない。むしろ敵だ。何故なら僕は虫の側の存在。その男、剣とかいうこの時代に場違いな武器振り回したって? それは人間の兵器さ」
「あなたは人間じゃないの?」
「僕らは第三の種族。人の世界には人の姿をした虫が、虫の世界には虫の姿をした人が、それぞれ紛れこんでいてね。それぞれ好きなほうの味方をしていいことになってる。僕は人間の味方の同胞を狩ってきたけど、手遅れだったみたいだ」
 ユカバは手すりにもたれかかって、少年に身を乗り出す。
「永遠って、どういうこと?」
「この列車は大断裂にたどりつけないってことさ」
 身を引く。
「時系列に干渉する全ての兵器が開放され、その瞬間全ての人間世界の可能事象が凍結された。新しい世界の発生を好きなだけ防いでいることができる。
 まず虫たちが殺されて、僕たちも殺されるだろう。それから虫の世界に侵攻し、先はどうなるか分からない。あるいは人間と虫の『二本の木』が生えた庭を飛び出して、その先に復讐しに行くかもね。
 でもそれは君のための物語じゃない」
 少年が一度言葉を切る。二人は果し合いのように、互いの息を探っている。
「この事実を知っているのは僕らの種族と、人間のお偉方や選抜された精鋭たちだけさ。それ以外の人間は、ひたすら『永遠』が凍結するまでの最後の一日を繰り返すことになる。その中で自由に動けるのは、さっき言ったような存在ばかりさ。それ以外は凍結が解除されるまで、今日殺される奴は何度でも殺されるし、いじめられっ子はいじめられ続けるし、君は列車に揺られ続ける」
 少年は肩を軽くすくめた。
「そんなものは些事だ。たとえこの『一日』を抜け出しても、コンテナが大断裂まで運ばれて止める力はない。あるいは更に過去に退行して、先回りして虫の世界を滅ぼしにいくかもしれないね。そうならそうで世界は歪む。君が生まれるための未来が、きっと存在しなくなる」
 少年が、後ろを向いて、割れた壜を指し示す。
「――僕がここにいる間なら、君は死ぬことができる。あれを布にしみこませて吸うだけでも十分効果はある」
「いいえ」
 ユカバはきっぱりと拒否した。
「僕と出会ったことなんて、君は忘れてしまうよ。そして闇に怯える日を過ごすんだ。何年も何年も」
「構わない。最後まで目を開けている」
「人間ってのは分からないね」
 少年の口調はもう、呆れと倦怠の声に戻っていた。ユカバは彼に笑いかける。
「そうね、分かんないね」
「絶望が夢想に勝てると思ってる」
「戦ってみなきゃ分からない」
 少年はローブを羽織る。
「僕は行くよ。ここには羽を休めに寄っただけだからね」
「また会えるの?」
 面倒くさそうに溜め息をつき、さぁっ、とだけ言った。
 外套のてっぺんから、少年の姿が崩れ始めた。大粒の蝿のような虫の群れになって、ロフトを通り越し、窓の上の換気口へ吸いこまれてゆく。足さえ完全に消えるまで、五秒とかからなかった。
「待って、あなたの名前を教えて!」
 ダクトから、気怠い声が答える。
「――今度会った時ね」

4.

 吹きすさぶ風のようなケトンの音で、ユカバは目を覚ます。
 窓辺のソファは心地よい。ベッドで横になっていても、彼女は落ち着いて眠れない。ずっと前方と、ずっと後方に、死体の列が連なっていると思うと、どうしても気になるのだ。
 ケトンをストーブから外し、熱い紅茶を入れる。
 紅茶葉も、もう残り少ない。これがなくなってしまったら、何を飲んで過ごせばいいだろう。あるいは、これを飲みきるまで、自分は生きているだろうか。
 ソファに戻ると、昨日と同じ荒涼が、そこに広がっている。
 凍えるような不毛の土。
 重く垂れこめるぶ厚い雲。
 きっと風が吹いている。その風は、信じられないほど冷たいだろう。窓はいつ触れても氷のようだ。ずっと手を当て続けても、温まることはない。
 ユカバは巨大な苺を持つ。
 両手いっぱいある苺。
 がぶり、がぶりと噛み付けば、果汁のような涙が溢れた。



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あー、何だか雰囲気だけで終わってしまったという感じである。盛り上がりらしい盛り上がりもなく、ただ淡々と時間が流れている。絶対的な絶望感がある訳でもなく、かといって、輝ける希望の光が見える訳でもない。描きたかった世界はわからんではないが、ホラーが読みた .. ... 続きを読む

受信: 02:22, Wednesday, Sep 30, 2009

■講評

想像力が人を救うか、ってのは、小説を書く人なら一度くらい考えたことのあるテーマだと思います。なかなか難しいことですねw。文章に間違いが多いのは、締め切りの直前で書きあげて見直さずに出したから、とかだったりしませんか? なにかと惜しいです。内容的に「絶望が夢想に勝てると思ってる」は「「絶望に夢想が勝てると思ってる」の間違いのように思えるのですが……。
キャラクターとテーマの一体感に関して加点です。

名前: あおいさかな ¦ 19:00, Friday, Sep 18, 2009 ×


長い作品を一方的に尊敬しがちなので、何度か読み直しました。
口減らしまでの設定、および死人ばかりの列車の描写には敬服です。
中盤の言い争いは作者の方が書きたかったところだと思うのですが、熱が入りすぎていて感情移入し切れませんでした。
この話単体での恐怖が遺伝元と比べそれほどでもないところもマイナス要因です。

アイデア+1
描写+1
キャラクター+1
構成-1



名前: もりもっつあん ¦ 22:24, Friday, Sep 18, 2009 ×


思い切って読んでみたら、読み易かったです。

アイディア 0
描写力   1
構成力   0
恐怖度  −1 

名前: ユーコー ¦ 21:09, Saturday, Sep 19, 2009 ×


発想0 文章+1 構成0 恐怖0
雰囲気があってとても惹かれる話なんですが、それだけに、遺伝元を知らずに読んだ場合、ルモイの都、人間と虫の世界の話など、説明的なところが邪魔に感じてしまうかも知れません。
そういう世界がある、ということはうまく話の中で徐々に解るように持っていくか、匂わせる程度でよいかと思いました。

名前: 戯作三昧 ¦ 05:30, Monday, Sep 21, 2009 ×


世界観 2
雰囲気 1
キャラクター 1
読み応えのあるファンタジーだと思います。長文でしたが、読み易く、続きが非常に気になって、この先を更に読みたいと思えてきます。
口減らしの絶望の中でも、最後まで希望を捨てないユカバが、とても魅力的だと思いました。

名前: 白長須鯨 ¦ 19:40, Wednesday, Sep 23, 2009 ×


この長さで引っ張って書く話だったのかな、というのが正直な感想です。
文章は上手いと思います。読んでいてアニメ絵がすぐに頭の中に浮かぶくらい、書き方も慣れているように感じました。
なのですが、作品の大半が二人のトークで延々と続くのは、さすがにしんどいです。
アイデアもとても考えられていて良かったのですが、こんなに長く書く必要は多分なかったと思います。

厳しい言い方になりますが、本来なら削れる部分をむやみに延ばした感じがしました。
ここぞという場面を中心に切り取って、行間を読ませる形式でも十分いけたと思いますよ。

アイデア・1、構成力・−1

名前: 気まぐれルート66 ¦ 02:25, Thursday, Sep 24, 2009 ×


・アイディア+1
 ルモイ要塞都市関連と、「永遠へと退行」の大事っぽさに。また、話自体も幻想的で若干個性的に思った。
・描写と構成±0
 描写。ライトノベル的な水準を満たしているように思える。ただ「永遠へと退行」の内容が、独自用語の言いっぱなしが多く、いまいち分かりにくいように思う。タイムマシン使いまくり、みたいな状況を考えれば良いのだろうか?
 また、ルモイ要塞都市の設定から人間が劣勢に見えていて、それが話に絶望感を添えていたと思うのだが、そこから人類が急に勝ち目のある反撃を始めると、雰囲気が崩れるかと思う。
 構成。可もなく不可もなく。「もういいよ、タネ明かしだ」からの急展開は、内容が自然であれば面白く感じたかもしれない。現状だと少し唐突で、普通な感じ。
 細かいこと。「何がっても、〜」何があっても? 「絶望が夢想に勝てると思ってる」どっちの台詞か次第だが、違和感が。逆ではないかと。

・怖さ±0
 哲学的で悲壮な結末に思えるのだが、同情や哀しみが湧き起こり、怖さは感じなかった。このままユカバが絶望する所まで話が進んだとしても、やはり同情の念が大きくなったかと思う。
・買っても後悔しない魅力±0 想定がライトノベルの短編集ならば、+1をつけても良いかと思った。しかし恐怖譚の傑作選を想定しているので、この点数。

名前: わごん ¦ 17:01, Friday, Sep 25, 2009 ×


なかなか長さを感じさせない文章で、非常に状況が解りやすかったと思います。
が、長さの割りに展開としては平坦で、特に盛り上がるところもなく終わった、という感じがして、やはり物足りませんでした。
もう少し、動きがあっても良かったんじゃないかなぁと思います。

名前: PM ¦ 20:21, Saturday, Sep 26, 2009 ×


恐怖度0
文章力0
構成力0
アイデア0
この長さでひっぱっていくのは正直厳しかったかなあと、もう少し尺を縮められたほうが良かったのではと思います。個性は感じられますが、淡々として淡々と終わったので、盛り上がりが欲しかったです。

名前: 妖面美夜 ¦ 23:25, Saturday, Sep 26, 2009 ×


情緒細やかに描かれている作品だと思います。
が、ホラーという感覚で捉えると、これは私の頭の中の定義とはずいぶん温度差があるかなというのが、正直な感想です。
静かなる絶望、そして少女の抱く、か細い希望。
このあたりの対比バランスが骨子だと思いますし、意図されたであろう、その部分は上手く描けているのではないかと思います。
ただ、私の最も欲するところの「ハラハラドキドキ」が欠けていたので、この評価でお願いいたします。

名前: 籠 三蔵 ¦ 22:18, Tuesday, Sep 29, 2009 ×


 雰囲気があって良かったですね。
 ラストも切なくていいし。
 この世界観を締めくくるお話としてはこういうのがいいんだと思う。
 本当の意味でのラストがあってはいけないから。
 最初に穴の話を書いた人も満足してくれるんじゃないでしょうか。(たとえあなたが本人だったとしても)

 異世界のお話だと、読み手はどうしても理解するのに苦労する。
 名前をおぼえるのも大変。
 その部分を書き手は上手くフォローしてやらなければいけない訳で、もうちょっと整理すると良かったかもしれません。
 でも、なんとなく私の想像の外側の世界なので良くわかりません。ゴメンなさい。

【アイデア】+1、【描写力】+1、【構成力】0、【恐怖度】0

名前: ユージーン ¦ 00:37, Wednesday, Sep 30, 2009 ×


遺伝元の調理法がとても面白いですね。ファンタジー小説特有の世界観と雰囲気が強いですが、「選挙」やその成り行きなどとてもリアルに描かれていると思います。そしてユカバのキャラクターが魅力的で、自然と感情移入して読みました。ラスト4.からの展開は、とても綺麗な文章ですが暗い不安感に溢れていて凄まじいと思いました。

*遺伝元の調理法+1 *文章+1
*ユカバのキャラクター+1 


名前: げんき ¦ 00:45, Wednesday, Sep 30, 2009 ×


「永遠へと退行」というのが壮大なイメージは分かるのですが、よく理解できませんでした。
未来を封印して、諸悪の根源に攻め遡るということなのでしょうか。
下手に既存の科学用語を使って説明しない方がよかったのでしょうが、ちょっとつっかえました。
全体として、雰囲気は出ていると思います。

アイデア    0
文章      1
構成      0
恐怖度      0


名前: 鶴の子 ¦ 04:24, Wednesday, Sep 30, 2009 ×


描きたかったことは判りますが、ふわふわとした印象しか残りません。独自の世界観を作り上げた割りに、それを表現しているのが登場人物の台詞だけ、というのでは、辛いでしょう。読者の想像力では賄い切れません。

発想・0 構成・0 文章・0 恐怖・0


名前: 三面怪人 ¦ 12:23, Wednesday, Sep 30, 2009 ×


選挙で不要とされ、片道の列車に乗るなんて不適切な表現かもしれませんが、すごくロマンチックな設定だと思います。
逆に蟲をモチーフとした怖い話というお題には合わなかったかもしれませんね・・なんか勿体ないです。

名前: 読書愛好家 ¦ 20:14, Thursday, Oct 01, 2009 ×


[追記]
読んでだいぶ経ってから気付いたけど、「ケトン」って「ケトル」の間違いですよね??^^;

名前: あおいさかな ¦ 07:16, Saturday, Oct 10, 2009 ×


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