遺伝記 蟲 
 

公開中のエントリー作品
 

[特別編著者同定表を公開しました ..

[特別編応募作の公開を完了しまし ..

蝗の村

夜の蜘蛛は殺すな

虹色の部屋

罪悪感

訴訟社会とゴキブリ男

右手

2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

2009年12月
2009年10月
2009年 9月
2009年 8月
2009年 7月

●公開中の作品を読む
 
フルブラウザ対応携帯はこちら
●公開中の作品一覧

怪集とは?
怪集のルール

こんな作品を募集します
作品応募についての諸々
優秀作はあなたが決める
結果発表と賞金と権利

読み方ガイド(読者向け)
攻略ガイド
(応募者向け)
最新因果地図(画像)
最新因果系図
(右クリックで保存)

応募CGIの使用法
審査(講評)の仕方
怪集FAQ

[怪集]主催者からのお知らせ
怪集/2009質疑応答(BBS)

怪集/2009講評漏れ確認(BBS)

怪集 トップページ

怪集について
問い合わせる





ある告白
 研修で四日市市の保健所が割り当てられることは、非常に運が悪いことだった。住んでいる人には申し訳ないが、とても居れるところではなかった。とにかく、臭い。異常に臭い。電車に乗っても車に乗っても窓を開けられない。たまに愛知の実家に帰る時、対岸の名古屋港からも、夜間、コンビナートの火が見えた。まるでたくさんの人魂であった。
 加奈子の担当した地域は、公害認定医はもとより、普通の医者も看護婦も足りていなかった。自宅訪問の帰り道、塩を掛けられたことがある。
「学生さん、ごめんなぁ」
 おばあさんが、塩を手に、申し訳なさそうに言うのだ。加奈子の願いはただ一つ。一日も早く実習期間が満了することだった。

 加奈子の受け持ちの患者さんに、肺結核と四日市ぜんそくとを同時に患っている人がいた。
 呼吸器の病気をしたことがある人なら、いくらか、恐ろしさを想像できよう。
水元武、五十歳。旋盤工。独身。
死体袋にも見える家に、水元さんは住んでいた。しめ切られた家は蒸し風呂のような暑さなのに、玄関の三和土だけは、何故だか、背骨に突き抜ける冷たさがあった。死がもう足の裏まで来ているようで、靴を脱ぐのが恐ろしかった。水元さんは湿った畳の上で、布団を体に巻きつけていた。その上をいつも、ときに渦巻くほど、数匹の蝿が飛んでいた。
「水元さーん、窓、開けますね。ちょっと換気しましょうねぇ」
 汗だくになりながら努めて明るく言って、窓を開ける。風はなく、血と唾と呼吸の臭気がそれだけで逃げていくこともなかった。
 振り向くと、薄い布団から出た水元さんの肩が、がたがた震えている。
「それじゃ体温測りますねぇ……水元さん、水元さん?」
 枕元にしゃがみこむと、茶色く血のしみた蒲団を握りしめ、黄ばんだ白目を充血させて涙を浮かべていた。
「水元さん、どうしたの?」
「……ハエが……」
 加奈子は梁の上を飛びかう蝿の群れを見上げた。
「ハエ?」
「…………の目ぇをしちょるねん」
「え?」
「ハエが、」
 うぅ、と呻くと、水元さんは痩せ細った体を起こした。
「……ゆうれえの目ぇや言うてんのや!」
 そう言うと、滲んでいた涙が一気に流れ落ちた。
「オバケがおる言うたん、ワシや! 最初に、ワシが鎌田を見た言うたんや! そしたら俺も、俺もて言いよる、『俺は山本見た』『佐藤を見た』て、みんな言いよるんやぁ」
「水元さん」
「ワシが言うたんや、死んだ鎌田が、隣で戦ってくれとったって、あれさえ言わなんだら誰も怯えぇへんかったんや……幽霊、撃たんと、移動ができた。敵に見つかって殺されせんと、移動ができたんや……!」
 声が震え、言葉が、慟哭になる。激しく呼吸が乱れ、薄い胸が上下しだす。
「ワシがみんなを殺したんやあぁッ」
 叫び声が咳に変わった。骨の浮き出た背中を屈め、内臓を吐き出すような激しい咳をしはじめた。
 その口に二、三匹の蝿が、狙いを定めたように飛びこんだ。
 水元さんが目を見開き、咳と呼吸を止める。
 加奈子はあわてて背中を叩く。
 水元さんが、乾いた咳をこぼす。
 蝿ではなく、なにか布の切れ端のようなものが、口からとびだした。
 ひと思いに引くと、血に濡れた、驚くほど大きな布がずるりと出てきた。

 ――それは、引きちぎられた白旗だった。
 正午のサイレンが鳴る。


23:22, Monday, Dec 07, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 講評(4) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(3) ¦ 携帯


■講評を書く

名前:
メールアドレス(任意):    
URL(任意):
この情報を登録する
配点:
講評後に配点を変更する場合は、以前の配点(を含む講評)を削除してから新しい配点を行ってください。
配点理由+講評文:
パスワード(必須):

ヒューマンチェック(選択した計算結果を入力):

■ Trackback Ping URL 外国のスパマーへのトラップです(本物は下のほうを使ってください)
http://www.kaisyu.info/2009/entry-blog/trackback.cgi20091207232244

■トラックバック

この記事へのトラックバックURL(こちらが本物):
http://www.kaisyu.info/2009/entry-blog/blog.cgi/20091207232244

» 【0】ある告白 [せんべい猫のユグドラシルから] ×
 これも書き急いでしまった作品のように感じます。 話中の時間がもの凄く短く、加奈子と水元の人となりが語り足りていないです。 特に�... ... 続きを読む

受信: 18:38, Tuesday, Dec 08, 2009

» 【+1】ある告白 [もけもけ もののけから] ×
文章に力を感じます。でも書ききれなかったという印象です。設定やアイテムは揃っているのに、どこか中途半端になったように思えます。... ... 続きを読む

受信: 20:53, Tuesday, Dec 08, 2009

» 【0】ある告白 [峠の塩入玄米茶屋/2009から] ×
出だしは良かったのだが、所々で説明が足りない。「研修」と言うからには、加奈子は訪問看護の看護師か介護福祉士の学生なのだろう。「塩を掛けられる」ところを見ると、そういうものを拾って来やすい体質なのかも知れない。この地区の研修が嫌なのはただ臭いからという .. ... 続きを読む

受信: 02:38, Tuesday, Dec 22, 2009

■講評

死んだ戦友が隣で戦ってくれていた。
これって、別に怖い事じゃなく嬉しい事っていうか…有難い事じゃないのかなぁ…?
それが恐怖に波及して行く様がよく分からず、
みんな死んだならどうして水元さんは生き残ったか、とかもう一押し欲しい気がします。
舞台はそろっていて、文章も申し分ないので時間が無かったのかな…。
研磨が途中までしか出来ず透き通らなかった宝石、という感じがします。

文章 1 構成−1 舞台 1 

名前: ほおづき ¦ 09:08, Tuesday, Dec 08, 2009 ×


これは辛いです。哀しいです。
幽霊とかそんなのではなく、この水元さんは自分で自分を罰しているような気もします。
読後、水元さんが真に救済されることを、願いました。

*文章+1

名前: げんき ¦ 23:12, Saturday, Dec 12, 2009 ×


 実在の地名に躊躇いを憶えましたが、まあこれは、地名を出さなければ成立しえないだろうと思います。
 ラストのサイレンによって、現代と戦時中が重なり合っていき、悲しみとも絶望とも違う静かな気持ちが呼び起こされました。
 自分自身が広めた、死んだ戦友を見たという噂。それは恐慌をもたらし、多くの仲間たちが死ぬ結果となった……。
 説明させる文章(セリフ)の情報量はこれでもいいと思います。
 ただそれを急ぎすぎているのが残念。満点から−1です。

名前: あおいさかな ¦ 00:31, Sunday, Dec 13, 2009 ×


発想+1 文章0 構成0 好み+1
続きを読みたい話ですね。
これからさらに恐ろしいことが起きるのではないかという、得体の知れない不穏さが漂っていてとてもいいです。
まだ始まり、序章といった感じです。

名前: 戯作三昧 ¦ 10:21, Thursday, Dec 31, 2009 ×


△ページのトップへ
 

▲怪集 総扉

主催者からのお知らせ
公開中の作品一覧
最新因果地図(画像)
審査用チェックシート
戯作三昧 on 蝗の村

戯作三昧 on ある告白

戯作三昧 on 地獄蟻

気まぐれルート66 on 蝗の村

げんき on 蝗の村

げんき on 夜の蜘蛛は殺すな

げんき on

ほおづき on 夜の蜘蛛は殺すな

ほおづき on

げんき on 虹色の部屋

【−2】友情 (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【+2】蝶々妹 (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【−2】シデ、ムシ (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【−2】わらいごと (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【+1】シュレーディンガーの蚊 .. (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【−2】地獄蟻 (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【−1】柿の木だけが知っている (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【0】ある告白 (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【0】あなたの気持ちが知りたく .. (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

【−1】遠い光 (峠の塩入玄米茶屋/2009) «

   URLを携帯にメールする

この作品/記事のURLをQRで読む

QRコードの中に
潜む実話怪談

■■■

 ◆◆◆

Powered by CGI RESCUE