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地獄蟻
「だからさ、夕飯はカレーにしときま……」
 明らかに不自然な箇所で俊也の言葉は途切れた。
「ん、どうした?」
 横になったまま、首だけ回転させてキッチンに目をやる。あいつは戸棚を開けて、鍋を取り出そうと手を伸ばした姿勢のまま硬直していた。
「どうしたんだよ?」
 返事はない。俊也の大きく見開かれた目は、戸棚の奥へ向けられている。
 まあいいか。
 今日は向こうが料理をつくる番なんだ。それまでこっちはゆっくりしていればいい。
 若い芸人が無人島で自給自足をするテレビ番組に意識を戻そうとすると、いつになく上ずった俊也の声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと、有紀さん!」
 返事はしない。さっき無視された、おかえしだ。
「こ……こっちに……来てください……」
 せっぱつまったような口調。どうやら、行かないわけにはいかないらしい。
 なんだよ、せっかくのんびりしてたのに。
 ぶつくさ言いながら腰を上げる。俊也は相変わらず、戸棚の奥に顔を向けたままだ。
 あれ、いつもより、ホクロが多いな――。
 あいつの右の頬にホクロが、五つばかり認められた。あるいはニキビかもしれない。
 ここのところ不規則な生活してるからだな。気をつけなくちゃ。
 そう自戒しつつ台所へ向かおうとして、私は目を疑った。俊也の顔のホクロは、動いていた。しかも、刻々と増え続けている。
「ど、どうしたっていうんだよ!」
 思わず顔を背けながら問いかける。頬がカッと熱くなり、背筋に冷たいものが走る。とても、向こうに行く気にはなれない。
「有紀さぁん。は、はやく来て下さいよお」
 今にも泣きだしそうな俊也の声は、私の頭の深い部分をぐじぐじと掻きまわした。思い切って顔を上げると、荒々しい音を立てキッチンへ足を運ぶ。
「どうした、おい、どうした!」
 わかっていた。蟻、だった。何匹もの、いや何十匹もの蟻が、俊也の体にまとわりついていた。なかでも白いほっぺたに目をつけたらしく、噛みちぎろうと歯をたててギュウ、ギュウと引っ張っている。
 どこから湧いたのだろう、この蟻たちは。俊也の足元を見る。はだしの足に食らいついている蟻もいるが、多くは上へ、上へとのぼっている。いま、この瞬間、親指のあたりに前脚をかけよじのぼろうとしていた一匹の蟻は、私が目を向けたとたん動きを止めて引き返していった。鍋のいっぱい入った戸棚の、奥へ。
 それと入れ替わるかのように、戸棚に横にして入れてある土鍋の隅から、三匹がいっぺんに出てきてまっすぐ俊也の足をよじのぼっていった。
 いったいあの奥は、どうなっているんだ。群れをなした蟻が、戸棚の奥で巣をつくっている図が頭に浮かんでくる。
 気になって覗き見たけれど、積み重ねられた鍋やフライパンで陰になっており中の状態はわからなかった。
「有紀さぁん……」
 普段はガラス玉のように大きな目をしょぼしょぼさせて俊也が言う。私は大きくうなずく。とりあえず、今はあいつを襲っている蟻を退治する方が先決だ。今、助けてやるからな――。
 蟻はまた続々と戸棚の奥から出てきて俊也に襲い掛かったが、なぜだかこちらへは寄ってこなかった。私はひとまず戸棚を閉め、俊也の顔の前に手をかざした。
「いくぞ」
 向こうがかすかに首を縦に振ったのを確かめると、その頬を思いっきりひっぱたいた。ぶちぶちぶち、と、何匹もの蟻が潰れる感触。
 やった、と思って頬を覗き込む。だが、蟻は、体をひくひく痙攣させながらも決して口を外そうとしない。肉をしっかとかかえこんだままである。
 指を伸ばし、体をつまんでひっぺがす作戦に出る。そうして手に残ったのは、蟻の胴体。首だけになった蟻は、それでも貴也の頬から離れようとしない。
 その手に、涙が零れ落ちる。大粒の涙だった。体を硬くしたまま、貴也は泣いていた。
 はっと気がついてシャツをめくる。彼の腹と背中は十数匹の蟻で、妙な模様が描かれていた。まあ、思っていたよりは少ない。だが、安心するのはまだ早い。
 ズボンとパンツに手をかけて、わずかに逡巡したのち、ゆっくりと引きずりおろす。
 腿は無事だった。けれども、数え切れぬほどの蟻が、貴也の性器にかぶりついていた。
 だらりと垂れた睾丸の袋からは、柔らかいためか既に血が滲んでいる。そして、その上の陰棒は、細かな蟻たちで表面を覆いつくされていた。驚いたことに、首が高々と持ちあがっている。
「有紀さん、は、はやく……」
「あ、ああ……」
 こわごわ右手を伸ばし、いきりたった蟻の塔を握り締める。たくさんの虫が蠢くおぞましい感触がてのひらに広がった。ぶぶぶぶぶ、と破裂した数多くの蟻から汁が滲み出る。もう片方の手で、睾丸を狙った蟻を殺すべく袋全体を包み込み、ゆっくりと圧力をかける。
「ふあああ……」
 俊也は気の抜けたような声を出すと、蟻の死骸でくるまれた生殖器から青白い液体を漏らした。

「お前、どんだけMなんだよっていう話だろ」
 潰した蟻を風呂場で流し、一段落ついたあとで私は言った。
「いや、ははは……」
「はははじゃないよ。なんだ、蟻の噛みつきって、そんなにいいもんなのか?」
「ええ、まあ。ただ、やっぱり痛いですけどね」
 俊也はしたり顔で、笑みまで浮かべている。
「そうか。よし。お前、まだあの蟻は駆除するんじゃないぞ」
「え、有紀さんもしかして、怪しいこと考えてます? 僕、助けませんからね」
「お前、さっき助けてやった恩を忘れるなよな」
 けれど実際、私は彼に頼るつもりはなかった。いざとなれば自分で潰せばいいのだ。あいつのように、若いくせに快感のあまりぎっくり腰を起こして動けなくなるようなへまはしない。
 深夜、午前二時半。私はひっそりと起き上がると、隣の蒲団で寝ている俊也の目をさまさぬよう忍び足で台所へと向かった。
 戸棚から蟻が這い出ぬよう、ぴっちりととめたガムテープを一枚いちまい慎重に剥がす。最後のテープに手をかけると、心臓が急にばくばく言い出した。
「おまえか」
「私の子どもたちを殺した」
「かわいい子ども」
「殺した」
 頭の中に雑多な想念がもぐりこんでくる。思わず、一歩後ろに退く。
 バン! と勢いよく戸が開く。黒光りした、幼稚園児ほどの背たけほどもある大きな蟻が飛び出してきた。二本の触覚をぶいぶい振りまわしている。
「お前だ」
「私のかわいい子どもたち」
「共に暮らしたかったのに」
「悦楽を与えてやったのに」
「代償に肉を貰いたかっただけなのに」
「殺した」
「許さない」
 こいつは、女王蟻なのか。それにしてもでかすぎる。開きっぱなしの戸棚からぞろぞろと、小さな蟻が出て来ては女王蟻の後ろで列を組んでいる。
 目だけひょい、と横に動かす。冷蔵庫の後ろに、実家から持ってきた古い殺虫スプレーが置かれている。
 あれでなんとかなるだろうか。まだ、使えるものだろうか。あんな大きい虫にも効くのだろうか。いろんな不安が胸をかけめぐるが、いちかばちかやってみるより手はない。
 素早く手を伸ばしてスプレーをつかむと、ヤツめがけて勢いよく発射する。
「ぶびびびび」
 女王蟻はちょっとひるんだように思えた。が、あごを少し上に向けると、口から茶色い粘液を大量にふきだした。避けようとしたけれど間に合わず、私の目はやられてしまった。目玉が、破裂するかのように腫れはじめる。まぶたの上をこすった手まで、じりじりした痺れが走り出す。
 激烈な痛みとともに意識が遠くなる。私の唇がこじ開けられる。口、鼻、尿道、肛門から、なにものかが侵入してくるのが微かにわかる。

 私は、既に生きてはいない。もう人間として生きることはできない。指の先から心の蔵まで、蟻が巣をつくってしまった。絶え間ない苦痛に顔をゆがませていたのもつかの間、すぐに筋肉は動かなくなり、神経が麻痺したのか痛みすらもわからなくなった。今はただ、動くこともかなわずこうして身を横たえているだけで一日が過ぎる。
 一回だけ、脳にとてつもない快感が襲ってきたことがある。私のペニスにたちまち血が集まり、ひとりでにぶいぶいと首を振ったかと思うとたちまち精を吐いた。それが、最後に私が「動いた」ときだ。
 横で寝ている俊也は、もう意識があるのかどうかもはっきりしない。どういう加減か、口元をニタッと緩めたままである。もう死んだのかもしれない。でも、たまに指をぴくぴくっとさせる。中で蟻が蠢いているせいだろうか。
 床に転がった殺虫スプレーの缶の裏側を見ながら、時おり、地獄というのはこんなものかと感じる。



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■講評

時間が無かったのは分かりますが、
人物の名前が途中で変わって、んでまた元に戻ってますし、
有紀さんの性別も途中まで不明ですよね?
しゃべりは男。名前は女の人にも取れる。
最後の最後で性器の描写がなかったら、どっちか分からないままでした。
意味もないのに読み手を惑わせるのは得策ではないと思います。
話に集中出来なくなるから。

以上の事から、話がバラバラで読み物として成立していないと思いました。

名前: ほおづき ¦ 09:32, Tuesday, Dec 08, 2009 ×


女王蟻の言い分が至極もっともに聞こえるのですが…。

ラスト、有紀さんに視力がある描写がありますが、ちょっとそれが不自然に思えました。
「私の目はやられてしまった」で、視力を失ったと思ったので。この状況で治癒するとも思いにくいです。ただ、視力だけがあるこの状態はまさに地獄ですね。視力があるからこそ、だとも思えます。

*設定+1

名前: げんき ¦ 23:50, Saturday, Dec 12, 2009 ×


発想+1 文章0 構成0 好み+1
タイトルいですね。シンプルでかっこいい。
ただもっと「地獄蟻」感を出してほしかったですね。
下ネタもそれ以外の部分も含めて、全体的にインパクトが弱く、名前負けしてしまっている印象です。
例えば「セックスと呪いとバカ娘」などもそうですが、いまいち突きが浅いというか、中折れ感といいますか、話中では二回もアレしているにもかかわらず、なんといいますか、発射できていないんですね。こんな夜に。
かといって「男の森の小裸」のようにヤリすぎても読者は引いてしまいますし、そのあたりの下ネタのバランスというのはやはり難しいものがあるかと思います。
そのあたりまだ粗削りではあるものの、スプレーの発射音に「プシュ―」ではなく「ぶびびびび」を採用したり、「陰茎」ではなく「陰棒」と表記するあたり、只者ではないとお見受けいたします。
やはりシモニスト(下ネタ主義者ですね)であり、こういったシモニズム作品の書き手が一人でも多く増えることを日々願ってやまない私としては、この作者さんには大いに期待をさせていただきたい。
いつか傑作選をシモニズム作品で独占する、という野望を抱く身としては、百人の同志を得た思いであります。敬礼。

名前: 戯作三昧 ¦ 08:39, Wednesday, Dec 30, 2009 ×


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