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産蟲胤紀「虫合わせ」-3
 親は二人、姉は二人、無事に戻ってくるのは、いつも自分一人。
 気がつくとこむしは田んぼの中に泥だらけになって倒れていた。
 形見となった一本の犬歯と、数匹の踏み穂虫を抱えつつ。
(帰って……これた……の?)
 のろのろと起き上がる。
 ふと影が差した。見上げると、猛り狂った叔父と叔母が拳を振り上げていた。荒事で節くれ立った岩のような拳骨が、ボカリとこむしの前髪に食い込んだ。
 ――愚図のてんめぇ一人だけかっ!! 俺達の娘はどこにやりやがった!!! オ゛ォォッッ?!
 ――こんな時まで、ウンともスンとも言わないしっ! 気持ちの悪い子だよ全くゥ!!
 あの晩から一月が経っていたのだそうだ。彼らは、実の子供である姉たちが見つかっていないのに、こむしを先に発見してしまったことが気にくわないらしい。
 疫病神と罵られた。血反吐を吐くまで、殴る蹴るの暴虐三昧。見る者が見れば、腹いせに人気の無いここで、そのまま殺して埋めてしまおうとしているのが分かったことだろう。
 だがやがて、不思議なことが起こった。幾ら無体な扱いを受けても、こむしが死なないのだ。骨をへし折られても、頭を割られても、一向に息絶えぬ。暫く経つと五体満足に治りきる。
 どこからともなく飛んできて、こむしの耳たぶにアブが止まった。羽音で禍つ姫の言葉を伝えてくる。
『腹が減るとは身体が窮乏を訴えるということである。それを知らせる腹の虫が消えたということは、うぬは最早、不老不死である。死ぬことも年を取ることも無くなろう』
 その言葉が聞こえた訳ではあるまいが、それとなく仕組みを悟った叔父夫婦、一転、破顔。その怪物のような表情が、こむしには一生忘れられない。
(何でもします、いい子にしてます! だからお願い、酷いことをしないで下さい!!)
 身を地べたに投げ出した上での、声に出せない心の絶叫は、現世の獄卒達には届かなかった。
 それからの生活は地獄だった。
 家へ連れ帰られ、ストレス発散に好きなだけ暴力を振るえる道具にされた。その内、ヤクザ仲間や近所の隣人達も加わって、見せ物代わりにお金も取るように。幾ら生活が派手になっても、こむしは何も食べさせては貰えないけれど。
 近所のおばさんは野良猫に餌をあげる程度の感覚だったのだと知った。あの男の子たちは、都合の良い時だけほんの少し優しいだけで、それ以外の時では残忍で乱暴なのだと知った。
 色白の彼女はいつしか、御蚕様と小馬鹿にして呼ばれるようになった。実際は逃げ出さないよう縄や革ベルトで両手両足をぐるぐるに巻かれた少女に過ぎないのに、もう誰も、人間とは呼んでくれなくなった。
 やがてどこぞの神主が噂を聞きつけて、こむしは大枚と引き換えに買われていった。
 場所が変われば助けてくれる人もいるかと期待したけれど、神主さんが自分のことを御蚕様だと言えば、皆が口を揃えて御蚕様だと言った。
 人を恨まず実直に生きれば幸せになれるというのは、真っ赤な嘘だ。きっとこの世界は、こむしが昆垢洞から帰ってきた時に、そういう風に変えられてしまったのだ。
(――止めて下さいっ、止めて下さいっっ、死ななくても痛いんです!!)
 ドン!! ガッ!! ゴキンッ、ゲシィッ!! ザッ……シュ!!!
 何かの名目で神社に祀られた時から、更なる地獄が始まった。一体どんな目的で集まってくるのか、昼夜問わず祭殿に入ってくる人々に、四六時中、暴行を受け続ける日々が始まったのだ。これなら、一日の大半は放置されている叔父夫婦の家の方が、何百倍も天国だ。
 心が壊されていく。大切に持っていた硬い姉の犬歯は、とうに、誰が最初に踏み砕けるかのゲームに使われて失っていた。いつも何処からか心配そうに周りに集まってくる踏み穂虫達は、いつもこむしの周りの靴底に踏み潰されて躙られていた。
 きっと罰が当たったんだ。怖がって姉たちを見捨てた事への。
 そんな慙愧の念もあったのだろう。こむしの考えが、保留にされていた虫合わせの一つの解へと傾くまでに時間はかからなかった。
『うぬの周りの人間の心は、少しは綺麗になったかえ? 変な所を出さず、おとなしく良い子にしておれば、誰かが優しくしてくれたかえ?』
 クスクスと意地悪な含み笑いを伝えてきながら、また耳にアブが止まった。
 この頃になると、容姿こそ成長していないものの、こむしにも多少分別が付いてきた。人間はわざわざ奇妙な所を探しだし、暴き立てようとする醜い生物なのだ。それはさながら、アマゾンの河に落ちた牛の傷口に殺到するピラニアのように。
 その腐った性根の証拠に、御蚕様の周りに盛んに集まろうとする踏み穂虫を何匹踏み殺そうと、誰も気にも止めない。今では、こむしは視界で踏み潰されるふみほ姉の化身の数を数えるようになっている。その行為だけが、辛うじて思考を維持させている。
 ……万二千三百十二人目……ううん、十四人目、……万二千三百十五人目、……万二千三百十六人目。
(キライ、キライ、みんな、キライ!!!)
 頭の中にこの世の虫が踏み潰され弑される、何十兆、何百兆という光景が流れ込んでくる。
『朕らは可哀想じゃろう? 子らを踏み潰される母の気持ちが少しは分かったかえ? さぁ、いつぞやの虫合わせの褒美である。地上から消す害虫を一種、選んでたもれぇ?」
 アブだ。アブと答えればいいんだ。その大切な事実を、斧で頭を割られ続ける日々で忘れ去らない内に。
 血糊をべっとりと額髪にこびりつけて、薄ら笑いを浮かべて、こむしは殺され続けている。心優しかった少女は、人を守ろうとした少女は、凄絶な笑みを浮かべた。
(姫様、姫様、地上から消し去って欲しい虫が決まりました)
『うむうむ、漸く腹が決まったかえ。思い余って裸虫などと答えるでないぞ。人間のことをそうは呼んでも、奴らは朕の系譜にはあらぬからのう』
(姫様、姫様、アブと答えたら、上のかごね姉を鏡コガネの籠から出してくださいますか?)
『おうおう、容易いことである』
(姫様、姫様、アブと答えたら、下のふみほ姉を虫から人間に戻してくださいますか?)
『おうおう、容易いことであるともよ』
(姫様、姫様、アブと答えたら、わたしの命も助けてくださいますか?)
『無論、無論! 左様なことを疑うでないぞ。大恩が出来る故、可能な限りの便宜を尽くしてくれようぞ。姉妹三人で何不自由ない生を謳歌し、美味い物をたらふく食うと良い』
 ア、ハ……、と。祭殿を埋め尽くす人々に揉みくちゃに蹴られながら、こむしは音のない歓喜の吐息を漏らした。
 これで、これでこれでこれでこれで、楽になれる。地獄から解放される。自分は神様を助けるんだ。きっときっと全てを上手く取り計らってくれるに違いない――。
(姫様、姫様、いつぞやの虫合わせの褒美を頂戴したく存じます。これからわたしの告げる害虫を、地表から消し去ってくださいませ……)
 皆、死んぢゃえ。
(それは……アブです。姫様の使いも含めた、アブ。それで人間は人身御供を地底に送れなくなって、貴方様は晴れて自由の身に……)
『うむ』
 姫様、気配で鷹揚に頷いて。
『断る』
 こむしは一瞬、何を言われたか分からなかった。
『まず前提を満たしておらぬでな。朕が褒美を与えるのは、知恵比べに勝利を収めた人身御供の「人間」であるぞ。然るに、うぬは何者じゃ。周りの者は、うぬを何と呼んでおる』
 心が耳を塞ぐ前に、死の宣告が轟いた。
『御蚕様じゃ。芋虫じゃ。人間ではあるまいて』
 ざわりざわりと恐怖が忍び寄る。意味を理解したくないと、心が正気を失おうとする。それよりも早く、天之産蟲姫の禍つ言が脳に届けられた。
『何も、変わらぬ。うぬは生ある限り、ここの油灯籠に照らされた穴蔵暮らしじゃ』
 ずっと――このまま――。魂に開いた絶望の亀裂に、全てが呑み込まれる。その日、淡い希望の糸がブツンと断ち切られた瞬間、部屋を震わすほどの可憐な大絶叫が響き渡った。
なんドス!で!ゲシッ! なんガキン!でなんゴバッッで、どうブシッッしチョキンッて。アブとゴリリ゛答えさザッせる……シュ!!のが目的ガッでガッこんガガッ!!な酷ドグッッ!!いことメキッをしパキョッてきたゴドスッッ!!!んじゃ……!!
『ほ、声を出したいと蟋蟀を喰らっておいて、何で、と尋ねるのであるか!? 第一、心外じゃ。朕を、末裔であるアブらを踏みつけにしてまで地表に出たがる鬼母とでも思うておったのかえ、無礼者!!』
 分からない、分からない、分からない――! だったら何故――!!
『知恵の足りぬ裸虫め。周りをよく見てみい』
 いつのまにか、湧いてきていた踏み穂虫は全滅させられていた。人々に踏み躙られた彼女らの残骸の向こうから、新たに別の虫の集団がやってくる。
 ――りりりりりっ、りりっ、り゛りりりりりりり……っ!
 焼け爛れた蟋蟀の集団だった。少女が三人、放課後に労力をかければ、虫取り網で捕まえてこれるかと思えるくらいの量の。見覚えがある。目にすれば記憶から引き摺り出されてくる。あの日、虫まじないで佃煮を作ろうとした日、先生に怒られて埋めた蟋蟀たち……。
 それらは、人々に踏まれても潰れない。幽霊なのだ。やがてこむしの胸元にやってくると、全く恨みを感じさせない動きで、すりすりと身を寄せてきた。
『感謝するとよい。こやつらがうぬの慈悲に深く恩を着て、声を取り戻させてやりたいと朕に縋ってきたのである。昆垢洞は黄泉比良坂に近いでのう?』
 お陰で声が出せるようになったであろう? と、ゼェハァ息を荒げているこむしの表情を知ってか知らずか、産蟲姫が茶化してくる。
 ――まさか、その為? その為だけに姉二人は犠牲に――?
(ちがうの! こんな声の出し方をしたかったんじゃないの!)
「人の言葉は虫には伝わらぬ。それを成すのは神の業である」
 ――りりっ、りりっ、りりりりりりり……っっ!!
儚げで美しい苦痛と恐怖の絶叫を泣き叫ぶこむしの周りを、爛れ蟋蟀たちが輪になって跳ねていく。祝福するように。十年以上ぶりの発声を応援するかのように。
 熱でたんぱく質の変質した、崩れた複眼が、かーごめかごめ、と囃し立ててくる。無邪気で無垢な善意の讃辞と恐怖とによって。
『朕の睨んだ通りであった。恐怖で喪った声は、同じく恐怖によって取り戻されよう。美声であるぞ。こむし、誉めて遣わす』
(う、嘘、最初から騙す気だった癖に! 悪意しかなかった癖に!!)
 しれっと応えが返ってきた。
『神の真意を推し量ろうなどと、烏滸がましき事であるぞ。うぬはただ滞りなく、与えられた声の出せる生を享受せよ』
 それっきり、アブが飛び立ち、産蟲姫の声は聞こえなくなった。
 祭殿には人集りと、こむしの絶叫のみが残る。幽霊蟋蟀たちはいつまでも輪になって回っていた。
 呪゛ゴッ!!っでェや゛ガッギン!!ル゛呪゛ヂョギン!!っでェや゛ブン!!ル゛呪゛っブシッ!!でェや゛ル゛呪゛ドスン!っでェベギェキッッ!!や゛ル゛呪゛パンッ!っでェや゛ル゛呪゛っヂョゴッ!でェや゛メキメキメキッッ!!ル゛呪゛っペキン!!でェや゛ル゛どいつもごいつヂュゲギ!!も゛呪゛っでェェや゛るううううお、こいつ声出してんじゃん、面白ッうううっっっ!!!

 からからかんら、くるりくる。回り終えた糸車。
 島根県守坂市の神社、福神虫が祀られていると人の言う。
 蚕の如き風体のその御蟲、人の厄を引き受けてくれるのだと皆が語る。
 世に不平不満があらば拳で殴れ、不幸に魅入られているならば爪先で腹を蹴り上げろ。すると美しく大きな鳴き声をあげ、聞いた者は心が軽くなり、それが厄を引き受けた度合いになるのだと。お陰で人の世は少しだけ確実に平和になっていると、皆が手を合わせて社の方向を拝むのだ。
 今でも多数の参拝客が、祭殿のある本堂の中へと消えていくそうである。







【事務局注】
この作品は、送信された作品ファイルサイズが非常に大きく、1エントリ分で作品全てを表示することができないため、事務局側の判断で複数エントリに分割していますが、全て合わせて単独の一作品として応募を受け付けた作品です。
このため、先頭エントリ部分のみトラックバック/コメントを受け付けるとともに、先頭以外のエントリではトラックバック/コメントを受け付けないようになっています。
これはエントリーblogのCGIの仕様上の制限に基づく特別措置であり、「産蟲胤紀「虫合わせ」-XX」を全て合わせて1ファイルの単独作品であるとして、先頭エントリ部分にのみトラックバック/コメント講評を頂戴いただけますようお願いします。

なお、正式タイトルは「産蟲胤紀「虫合わせ」」で、XX部分の数字はエントリ分割に伴う、事務局による補足的なものです。

17:25, Sunday, Dec 13, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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